野いちご源氏物語 二八 野分(のわき)

若君(わかぎみ)はこちらにもお(とも)してきていらっしゃる。
お部屋の外でお待ちになっているのだけれど、源氏(げんじ)(きみ)はずいぶんと話しこんでおられるの。
姉君(あねぎみ)はどのような方なのだろう。少しお顔を拝見してみたい>
と以前から思っていたから、こっそりついたてをずらしてお部屋を(のぞ)いてごらんになった。
お部屋のなかのついたては台風騒ぎで片付けてあるから、よく見通せてしまう。

若君は驚かれた。
源氏の君が姫君(ひめぎみ)に寄り添って、何か冗談をおっしゃっている。
<これはなんということだ。いくら親子でも幼子(おさなご)ではないのだから、あのようにお(うで)に抱きしめてお話しになるのはおかしい>
こちらに気づかれることを恐れながらも、目が離せずにいらっしゃる。

目を()らしておいでの姫君を、源氏の君が「こちらを向いて」とばかりにお引き寄せになった。
すると姫君のお(ぐし)がお顔にはらはらとこぼれかかる。
姫君は心苦しそうではあるけれど、拒否することもなく源氏の君に寄りかかりなさる。
男女の関係になっていらっしゃるように若君には見える。

<あぁ、嫌だ。どういうことなのだ。父君は恋多き方だから、お小さいころからお育てになっていなければ、娘であっても恋の対象にしてしまわれるのだろうか。それも無理のないことかもしれないが、いや、そんなことはない。あれはいけない>
常識人でいらっしゃる若君は、考えるだけでもぞっとなさる。

<しかしお美しい人だ。昨日拝見してしまった(むらさき)(うえ)ほどの圧倒(あっとう)(てき)な美人ではいらっしゃらないけれど、見ていて幸せを感じるという点では同じくらいかもしれない。満開の山吹(やまぶき)のように華やかな人だ>
山吹は春の花だから季節が合わないけれど、ついそんなことをお思いになる。

女房(にょうぼう)たちの出入りもない。
ふたりきりでひそひそと話していらっしゃったけれど、どうなさったのかしら、ふいっと源氏の君がお立ちになった。
姫君がおつらそうにおっしゃる。
「花が台風で折れて命を失ったように、あなた様の厄介(やっかい)なお気持ちで私も死んでしまいそうな気がいたします」
まもなく源氏の君が出ていらっしゃいそうなので、若君は離れたところでお待ちになる。
「なびかないからですよ。女竹(めだけ)をご覧なさい。強い風が吹いてもなびいてしなるから、折れていないでしょう。あれを見習ってあなたも私になびかれたらよろしいのです」
そういうような源氏の君のお返事が聞こえた気がするけれど、私の聞き間違いかしら。
なかなかとんでもないやりとりだこと。