野いちご源氏物語 二八 野分(のわき)

冬の御殿(ごてん)から夏の御殿へ向かわれる。
「私が来たことを伝えなくてもよい」
源氏(げんじ)(きみ)はお(とも)にお命じになって、そっと玉葛(たまかずら)姫君(ひめぎみ)のお部屋にお入りになった。
ついたてなどがお部屋の片隅(かたすみ)に寄せてあるから、細々(こまごま)としたものが散らかっているのがよく見えてしまう。
日が差しこんでいるところに、明るくお美しい姫君が座っていらっしゃる。
一晩中風の音で眠れなかった姫君は朝寝坊して、やっと今、朝のお化粧をなさっているところなの。

近くにお座りになった源氏の君の台風のお見舞いは、すぐに面倒なお話へとすり替わっていく。
<また困ったことを>
とはいえ、こういうことにだいぶ慣れていらっしゃったのでしょうね、さらりとご不快(ふかい)を示される。
「そんな面倒なことばかりおっしゃるのでしたら、昨夜の風に乗ってどこかへ吹き飛ばされてしまいとうございました」
源氏の君は声を上げてお笑いになる。
「風に乗って飛んでいくとは姫君らしくありませんね。それでも行く()てはおありのようだ。だんだん私をお嫌いになって、ここを出ていこうという気が起きていらっしゃったのも、まぁ、仕方のないことかもしれません」

<つい思いのままを口に出してしまった>
姫君もおかしくなって微笑(ほほえ)まれる。
生き生きとした美しいお顔立ちでいらっしゃるの。
(ぐし)隙間(すきま)からふっくらとした(ほお)が見える。
目元(めもと)が少しはっきりしすぎているところだけは上品とはいえないけれど、それ以外は(もう)(ぶん)のない美人でいらっしゃる。