野いちご源氏物語 二八 野分(のわき)

若君(わかぎみ)が春の御殿(ごてん)にお戻りになると、窓はすっかり開けられていた。
源氏(げんじ)(きみ)()(えん)に出ていらっしゃった。
若君はお庭から建物に上がる階段のあたりにかしこまって、中宮(ちゅうぐう)様からのお返事をお伝えになる。
「あなた様なら恐ろしい風から守ってくださるだろうと、子どものように頼りにしてお待ちしておりました。やっとお手紙をいただいて心が落ち着きました」

「申し訳ないことをしてしまった。お心のか弱い(みや)様でいらっしゃるのだ。女ばかりのお住まいでは、昨夜の風はさぞ恐ろしくお感じになっただろう。薄情(はくじょう)(もの)と思われても仕方がない」
源氏の君はすぐに秋の御殿へお見舞いに行くことになさる。
お着替えをなさろうと(すだれ)のなかへお入りになるとき、お部屋のついたての向こうに女君(おんなぎみ)のお着物の(そで)がちらりと見えた。
(むらさき)(うえ)でいらっしゃる>
若君のお胸がどきどきと高鳴ったけれど、<いけない>とすぐに思い直して視線をお外しになる。

源氏の君はお鏡を見ながら紫の上におっしゃる。
中将(ちゅうじょう)の朝の姿は青年らしいさわやかさがある。まだ十代半ばだが、幼さも抜けてなかなか立派に見えるのは(おや)馬鹿(ばか)というものだろうか」
入念(にゅうねん)身支度(みじたく)をしていらっしゃる。
「中宮様にお目にかかるときは緊張しますよ。特別教養が深いようにはお見受けしないが、失礼があってはいけないと思わず背筋(せすじ)が伸びるのです。おっとりと女性らしい方なのに威厳(いげん)がおありでね」

支度(したく)がすむと、源氏の君はもう一度濡れ縁にお出になった。
(とも)をするために若君が待っておられるのだけれど、父君(ちちぎみ)が出ていらっしゃったことにも気づかないほどぼんやりなさっている。
源氏の君は(あや)しんで、お部屋に引き返された。
「昨日の台風騒ぎにまぎれて、中将はあなたの姿を見てしまったのではないだろうか。おそらく、あそこの戸が開いていたときに」
紫の上はお顔を赤くしておっしゃる。
「まさかそのようなことはありますまい。渡り廊下の方には人の気配(けはい)がしませんでしたもの」
「いや、どうもそんな気がする」
源氏の君は小さくつぶやいて、若君と秋の御殿へ向かわれた。

中宮様のお部屋のなかへ入っていかれる。
若君は廊下のあたりで中宮様の女房(にょうぼう)たちと話をしてお待ちになる。
ご冗談などもおっしゃるけれど、紫の上のことを思い出すと普段より(だま)りがちになってしまわれる。