秋になった。
風が涼しく吹きはじめると、源氏(げんじ)(きみ)は人恋しくなってしまわれる。
頻繁(ひんぱん)玉葛(たまかずら)姫君(ひめぎみ)のお部屋へいらっしゃって、和琴(わごん)などをお教えになる。
夜になってもお帰りにならないの。

月は早くに沈んでしまって、(はぎ)が風に()れる音が聞こえる。
源氏の君と姫君は、並んで横になって話していらっしゃる。
<まったく奇妙(きみょう)な関係だ>
源氏の君はため息をつきながら理性(りせい)を保っておられるけれど、
<何もしていないのに女房(にょうぼう)たちに(あや)しまれても困る。あまり遅くならないうちに帰ろう>
と起き上がりなさった。

お庭で照明として()かれている篝火(かがりび)が消えそうになっていることに気づかれて、お(とも)に命じて明るくお焚かせになる。
篝火はお庭の小川が涼しげに流れている近くにあるから、火といっても暑苦しさは感じない。
姫君のお顔が美しく照らされている。
源氏の君がお(ぐし)をそっとなでてごらんになると、ひんやりとしているの。
恥ずかしそうになさっているご様子が上品でおかわいらしい。
源氏の君は帰りにくくお思いになる。

「篝火は一晩中焚いておけ。まだ夏のように暑くて、今夜は月もない。庭が暗いと不気味(ぶきみ)だ」
そうお命じなってから、姫君にそっとささやかれる。
「あの篝火のように私の恋心は苦しく燃えているのですよ。いつまでお待ちすればよいのですか」
姫君はご面倒に思われる。
「そのお気持ちが(けむり)になって空に消えることを願っております。さぁ、そろそろ女房たちが怪しみますから」
と、お帰りを(うなが)された。

「そうですか。帰りますよ」
やっと立ち上がられたとき、同じ夏の御殿(ごてん)若君(わかぎみ)のお部屋あたりから、すばらしい(ふえ)()が聞こえてきたの。
(そう)と合奏なさっている。
内大臣(ないだいじん)のご長男が遊びに来ているのでしょう。あの人の笛はいつ聞いても見事だ」
源氏の君はしばらく聞き入っていらっしゃった。