雨が上がってさわやかな青空が広がった。
お庭の木々の若葉が青々と茂って、心地よい雰囲気の夕方よ。
「初夏らしいよい天気だ」
と源氏の君は独り言をおっしゃって、華やかで明るい玉葛の姫君のことを思い浮かべられた。
こうして姫君のことが気になるたび、こっそりとお部屋へ行かれるの。
姫君はお習字などをしてくつろいでいらっしゃった。
突然の源氏の君のお越しに、座りなおして恥ずかしがっておられる。
そのご様子もかわいらしくて、源氏の君は夕顔の君を思い出される。
「初めてお会いしたときはそれほど母君に似ておられるとも思いませんでしたが、今では夕顔の君が生き返ったのではないかと錯覚するときがあります。うれしいような悲しいような複雑な気分になりますね。中将には亡くなった妻の面影がまったくありませんから、親子といえどそれほど似るものではないと思っていました。あなたたちのようなそっくりな親子もいらっしゃるとは」
果物がいくつかお盆に置いてある。
源氏の君は橘の実をひとつお取りになった。
「橘の花の香りは昔の恋人を思い出させるといいますね。あぁ、実もなつかしい香りがする。あなたが夕顔の君に見えてきました。かけがえのない存在としてずっと忘れられなかったから、あなたに会うと夢のような気がするのです。あなたがあの人でないことは分かっています。でももう我慢できそうにない。私をお嫌いにならないで」
源氏の君のお手から橘が転がり落ちる。
姫君は動けない。
お手をとらえられて、姫君は困惑して不愉快になりながらも、おっとりとおっしゃった。
「私が母そっくりでしたら、この身も若死にする運命なのでしょうね」
うつ伏して拒絶を表していらっしゃる。
源氏の君はお手をお離しにならない。
女君のお手はやわらかく、肌はきめこまかい。
姫君に触れてしまうと源氏の君はもう後戻りできない気がなさるけれど、無理やりなことができるご身分ではいらっしゃらない。
ただ、はじめてはっきりと恋心をお伝えになった。
女君は震えていらっしゃる。
源氏の君はそれをご覧になると、開き直っておっしゃる。
「どうしてそれほどお嫌がりになるのです。今まで誰にも気づかれないよう隠してきたけれど、これが私の本心です。娘としてではなく女性としてあなたを愛したい。私のあなたへの気持ちは、手紙を送ってきている男たちの恋心に負けませんよ。私ほどあなたを愛している人はいないだろう」
さんざん父親ぶっておいて、とんでもないお気持ちを隠していらっしゃったこと。
涼しい風が笹を鳴らして吹いていく。
明るく月の光が差し込んできた。
源氏の君はまだ姫君のお部屋にいらっしゃる。
<しっとりとした夜だもの、父娘でしみじみと語り合っていらっしゃるのだろう>
と、女房たちは気を遣って離れている。
おふたりの間には、いつもどおりついたてはない。
恋心を口に出した源氏の君は、いよいよご自分のご身分もお立場も忘れてしまわれた。
うつ伏して震えていらっしゃる姫君に寄り添われる。
<なんということをなさるのだ。本当の父君に引き取られていれば、冷たく放っておかれることはあっても、まさかこのような目には遭わなかっただろうに>
女君は悲しくて悔しくてお泣きになる。
「そこまで悲しまれてはつらくなってしまいます。ご結婚なさったら、ろくに知らない相手とこの程度のことではすまないのに。私たちには心を通い合わせる時間が十分にあったと思いますよ。それでも私をお拒みになるのですね。では、もう余計な振舞いはやめておきましょう。寂しいけれど」
最後の分別で源氏の君は女君からお離れになって、慰めともつかないことをおっしゃる。
姫君はいつもの聡明さを失って、なよやかだった夕顔の君にますます似て見える。
<いったい私は何をしているのだ。女房たちも怪しむだろう>
と源氏の君は反省して、夜が更ける前に帰ろうとなさる。
姫君にだけ聞こえる小さなお声で、
「あなたに嫌われてしまうのが何より怖いのです。ふつうの男はこんな手加減をしませんよ。あなたを本当に大切に思っているから、無理はしたくないのです。これから私があなたの母君を思って何か言ったときには、母君になりかわってお返事してくださるとうれしい」
とささやかれるけれど、姫君は何もおっしゃらない。
「これほどご冷淡な方だとは思っていませんでした。ずいぶん憎まれてしまったものだ。さぁ、そんなふうになさっていては女房たちが怪しみます。何もなかったのだから、いつもどおりになさい」
とお部屋を出ていかれた。
お庭の木々の若葉が青々と茂って、心地よい雰囲気の夕方よ。
「初夏らしいよい天気だ」
と源氏の君は独り言をおっしゃって、華やかで明るい玉葛の姫君のことを思い浮かべられた。
こうして姫君のことが気になるたび、こっそりとお部屋へ行かれるの。
姫君はお習字などをしてくつろいでいらっしゃった。
突然の源氏の君のお越しに、座りなおして恥ずかしがっておられる。
そのご様子もかわいらしくて、源氏の君は夕顔の君を思い出される。
「初めてお会いしたときはそれほど母君に似ておられるとも思いませんでしたが、今では夕顔の君が生き返ったのではないかと錯覚するときがあります。うれしいような悲しいような複雑な気分になりますね。中将には亡くなった妻の面影がまったくありませんから、親子といえどそれほど似るものではないと思っていました。あなたたちのようなそっくりな親子もいらっしゃるとは」
果物がいくつかお盆に置いてある。
源氏の君は橘の実をひとつお取りになった。
「橘の花の香りは昔の恋人を思い出させるといいますね。あぁ、実もなつかしい香りがする。あなたが夕顔の君に見えてきました。かけがえのない存在としてずっと忘れられなかったから、あなたに会うと夢のような気がするのです。あなたがあの人でないことは分かっています。でももう我慢できそうにない。私をお嫌いにならないで」
源氏の君のお手から橘が転がり落ちる。
姫君は動けない。
お手をとらえられて、姫君は困惑して不愉快になりながらも、おっとりとおっしゃった。
「私が母そっくりでしたら、この身も若死にする運命なのでしょうね」
うつ伏して拒絶を表していらっしゃる。
源氏の君はお手をお離しにならない。
女君のお手はやわらかく、肌はきめこまかい。
姫君に触れてしまうと源氏の君はもう後戻りできない気がなさるけれど、無理やりなことができるご身分ではいらっしゃらない。
ただ、はじめてはっきりと恋心をお伝えになった。
女君は震えていらっしゃる。
源氏の君はそれをご覧になると、開き直っておっしゃる。
「どうしてそれほどお嫌がりになるのです。今まで誰にも気づかれないよう隠してきたけれど、これが私の本心です。娘としてではなく女性としてあなたを愛したい。私のあなたへの気持ちは、手紙を送ってきている男たちの恋心に負けませんよ。私ほどあなたを愛している人はいないだろう」
さんざん父親ぶっておいて、とんでもないお気持ちを隠していらっしゃったこと。
涼しい風が笹を鳴らして吹いていく。
明るく月の光が差し込んできた。
源氏の君はまだ姫君のお部屋にいらっしゃる。
<しっとりとした夜だもの、父娘でしみじみと語り合っていらっしゃるのだろう>
と、女房たちは気を遣って離れている。
おふたりの間には、いつもどおりついたてはない。
恋心を口に出した源氏の君は、いよいよご自分のご身分もお立場も忘れてしまわれた。
うつ伏して震えていらっしゃる姫君に寄り添われる。
<なんということをなさるのだ。本当の父君に引き取られていれば、冷たく放っておかれることはあっても、まさかこのような目には遭わなかっただろうに>
女君は悲しくて悔しくてお泣きになる。
「そこまで悲しまれてはつらくなってしまいます。ご結婚なさったら、ろくに知らない相手とこの程度のことではすまないのに。私たちには心を通い合わせる時間が十分にあったと思いますよ。それでも私をお拒みになるのですね。では、もう余計な振舞いはやめておきましょう。寂しいけれど」
最後の分別で源氏の君は女君からお離れになって、慰めともつかないことをおっしゃる。
姫君はいつもの聡明さを失って、なよやかだった夕顔の君にますます似て見える。
<いったい私は何をしているのだ。女房たちも怪しむだろう>
と源氏の君は反省して、夜が更ける前に帰ろうとなさる。
姫君にだけ聞こえる小さなお声で、
「あなたに嫌われてしまうのが何より怖いのです。ふつうの男はこんな手加減をしませんよ。あなたを本当に大切に思っているから、無理はしたくないのです。これから私があなたの母君を思って何か言ったときには、母君になりかわってお返事してくださるとうれしい」
とささやかれるけれど、姫君は何もおっしゃらない。
「これほどご冷淡な方だとは思っていませんでした。ずいぶん憎まれてしまったものだ。さぁ、そんなふうになさっていては女房たちが怪しみます。何もなかったのだから、いつもどおりになさい」
とお部屋を出ていかれた。



