野いちご源氏物語 二三 初音(はつね)

日も暮れかけたころ、冬の御殿(ごてん)へ向かわれた。
戸をお開けになった途端(とたん)、上品な香りがお部屋の奥の方から風に乗って(ただよ)ってくる。
<やはり気品のある方だ>
明石(あかし)(きみ)のことをお思いになるけれど、ご本人のお姿は見えない。

あたりを見回されると、格調(かくちょう)高い敷物(しきもの)と美しい(きん)の近くで、上等なお(こう)()かれている。
何かを書いていらっしゃったところらしく、(すずり)と紙と何冊かのご本も置いてある。
風情(ふぜい)のあるめずらしいご筆跡(ひっせき)で、けっして教養を見せつけず、真面目なお書きぶりなの。
「春の御殿の姫からお手紙をいただいた。(うぐいす)が木から木へ飛んで、過去の人間になった私に届けてくれたような気がする。やっといただけたこの貴重なお手紙をきっかけに、これからは文通もできるようになるだろう。私の身分がいくら低くても、姫の母なのだから」
さきほどの明石の姫君からのお返事を読んでうれしく思われたのでしょうね。
ご自分を(はげ)ますようなことも書かれている。

その紙をお手に取ってご覧になると、源氏の君は美しくほほえまれた。
ご自分も何か書き加えようなさっていると、明石の君がそっと出ていらっしゃる。
家具などは高い身分の女性のようにご立派なものがそろえてあるけれど、女君(おんなぎみ)ご自身は遠慮(えんりょ)した態度をおとりになるの。
調子に乗ることなく、ご自分の身分にふさわしい振舞いをなさることに源氏の君は感心なさる。

白地(しろじ)の格調高い()()に、美しいお(ぐし)がかかっている。
お髪の量が多すぎないのも魅力的で、
<新年早々こちらに泊まったら(むらさき)(うえ)嫉妬(しっと)なさるだろう>
と思いながらも、結局こちらで一晩を過ごされた。

紫の上と花散里の君は、
<やはり格別に明石の君を愛していらっしゃるのだ>
と驚かれる。
六条(ろくじょう)(いん)での初めてのお正月、元日(がんじつ)の夜に選ばれたのが紫の上ではなかったのだもの。
春の御殿の女房(にょうぼう)たちは不愉快(ふゆかい)に思っていたわ。