春の御殿(ごてん)は特にすばらしい。
お庭の(うめ)の香りが風に乗って御殿のなかへ入ってくるの。
室内で()いているお(こう)と合わさって、まるで極楽(ごくらく)浄土(じょうど)のよう。

(むらさき)(うえ)はここで(おだ)やかにお暮らしだった。
若くて優れた女房(にょうぼう)たちを明石(あかし)姫君(ひめぎみ)におつけになって、ご自分のところには少し年上の教養ある女房たちをお置きになる。
きちんと身なりを整えて、あちこちに何人かずつ(ひか)えているの。

女房たちがお正月のおめでたい儀式(ぎしき)をしてはしゃいでいるところへ、突然、源氏(げんじ)(きみ)がお顔をお出しになった。
儀式といっても、ものすごく真面目(まじめ)なものではなくて、ちょっとくだけたおもしろい儀式なの。
女房たちは()ずまいを正して恥ずかしそうにしている。
「楽しそうにお祝いをしていますね。それぞれ新年のお願い事があるのだろう。少し聞かせてごらん」
とほほえんでおっしゃる。
<年の初めからお美しい源氏の君を拝見(はいけん)できて光栄(こうえい)だ>
と女房たちは思っている。

女房のひとりが、
「源氏の君と紫の上のご健康をお願いしておりました。自分のことなどどうしてお願いいたしましょう」
と申し上げたわ。

午前中は貴族たちが新年のご挨拶(あいさつ)にやって来て騒がしい。
夕方になって、源氏の君は女君(おんなぎみ)たちのところへご挨拶に行かれた。
念入りに身支度(みじたく)なさったお姿は本当にお美しいの。
「今朝、こちらの女房たちがにぎやかにお祝いしていたのがうらやましくてね。あなたには私がお祝いしてあげよう」
と、紫の上に向かってお祝いの言葉をおっしゃる。

「池の氷が()けていますね。仲の良い私たちの顔が美しく映ることでしょう」
源氏の君がおっしゃるとおり、お似合いの美しいおふたりなの。
「いつまでも幸せに暮らす私たちが映りますね」
紫の上はそうお返事なさって、理想的なお祝いのやりとりをなさる。