野いちご源氏物語 二三 初音(はつね)

空蝉(うつせみ)尼君(あまぎみ)のところにもお顔をお出しになった。
(つつ)ましやかにお暮らしでいらっしゃる。
お部屋のほとんどを仏像(ぶつぞう)仏教(ぶっきょう)のお道具を置く場所にしておられる。
お道具は上品で風情(ふぜい)があるものばかり。
やはり趣味のよい女君(おんなぎみ)なのね。

尼君用の灰色っぽいついたての向こうに隠れていらっしゃる。
そこだけ明るい色合いの袖口(そでぐち)がちらりと見えて、源氏(げんじ)(きみ)は昔の恋を思い出して涙ぐまれる。
「こちらには(うかが)わない方がよかったかもしれません。昔からあなたとはすれ違ってばかりでした。それでもここに来てくださったのだから、細い細いご(えん)でつながっているのでしょうね」
「こんなふうにお世話になる日が来るとは、やはり運命だったのだろうと存じます」
尼君もしんみりとお返事なさる。

「過去に私をあの手この手で拒絶(きょぜつ)して苦しめなさった(つみ)を、仏様は許すと(おお)せですか。男というものは私のように聞き分けがよい者ばかりではないと、あれからお分かりになったでしょう」
空蝉の尼君は年上の夫君(おっとぎみ)を亡くされたあと、継子(ままこ)から言い寄られて嫌な思いをなさった。
出家(しゅっけ)することでかろうじてお逃げになったのだけれど、源氏の君はそれをほのめかしておっしゃったの。

<ご存じだったのか>
と尼君は恥ずかしくて、
「どのような罪を(おか)したとしても、このようなみっともない姿を見られてしまう以上の(ばつ)がございますでしょうか」
とお泣きになる。

昔以上に上品に慎ましくなられて源氏の君のお心は動くけれど、さすがに尼君をお口説きになるわけにはいかない。
ふつうの世間話をなさりながら、
常陸(ひたち)(みや)様の姫君(ひめぎみ)も、このくらい話が通じる方であればよかったのだが>
と、そちらのお住まいの方をご覧になる。