野いちご源氏物語 二三 初音(はつね)

新年のあわただしさが落ち着いたころ、源氏(げんじ)(きみ)はひさしぶりに二条(にじょう)(ひがし)(いん)にいらっしゃった。
常陸(ひたち)(みや)様の姫君(ひめぎみ)は、宮家(みやけ)の姫という高いご身分の方でいらっしゃるから、源氏の君も(ざつ)にお扱いにはならない。
人前(ひとまえ)ではご立派なお(あつか)いをなさる。

この姫君はお若いころは見事(みごと)な黒髪をお持ちだったの。
でも今は、量が減って白髪も多くなってしまわれた。
源氏の君はお気の毒に思って目を()らされる。
お贈りになった(やなぎ)色の()()は、ご想像どおりまったくお似合いになっていない。
下に着るお着物も一緒にお贈りになったはずなのに、なぜかご自分の黒いお着物をお召しになっていて寒々(さむざむ)しい。

お鼻の先はあいかわらず赤くて目立つ。
源氏の君は小さなため息をもらされた。
さりげなくついたてをお置きになるけれど、姫君はとくに何もお思いではない。
お世話されることにすっかり慣れて、源氏の君を無邪気(むじゃき)に頼りにしていらっしゃるの。
<あまりに世間知らずでいらっしゃる。ご身分が(とうと)いだけでなく、お考えがふつうの女性らしくない方だから、私だけはこの方を見捨ててはならない>
とご決心なさった。

やはりお寒いようで、姫君はお体を(ふる)わせながら話される。
源氏の君はお気の毒になってしまわれる。
「お着物の管理をする女房(にょうぼう)はいますか。気楽なお暮らしなのですから、見た目など気になさらず暖かいものをお召しなされませ」
と源氏の君がおっしゃると、姫君はめずらしくお笑いになった。
「お寺にいらっしゃる兄のお着物を女房たちに作らせていたら、私の分まで手が回らなかったようなのです。毛皮の上着があったのですが、それも兄のところに送ってしまいましたから寒うございます」
このご兄妹はそろって無頓着(むとんちゃく)というか、世間知らずでいらっしゃるのよね。

宮家の姫君らしいおおらかさと言えなくもないけれど、やはり無邪気すぎるわ。
でも高いご身分の姫君には、源氏の君も失礼なことはおっしゃれない。
「毛皮の上着は女性向けではありませんから、兄君に差し上げて正解でございます。それよりも下に着込まれた方がよろしいでしょう。布地(ぬのじ)が足りなければおっしゃってください。私はうっかり者ですし、あちこちに用事が多くて気が回らないことがございます」

源氏の君はそうおっしゃると隣の二条(にじょう)(いん)へ行かれた。
倉庫から上等な布地を取りださせて、姫君に届けるようお命じになる。
六条(ろくじょう)(いん)にお移りになってから、この二条の院は()()になっている。
静かだけれどお庭の木立(こだち)はあいかわらず立派なの。
とくに今は紅梅(こうばい)がすばらしい。
誰にももてはやされない木立を見渡して、
(なつ)かしい二条の院に来てみたら、めずらしい花も鼻も見られた」
と独り言をおっしゃった。