次男は完全に大夫の監の味方になってしまった。
乳母は、
<姫君がさらわるかもしれない>
と怖くて、
「早く都へ戻りましょう」
と長男をせっつく。
長男は悩んでしまう。
<どうやったら姫君をお連れしてこっそり逃げられるだろうか。相談できる人もいない。弟二人は大夫の監の味方だが、私が弟たちと意見の違うことは大夫の監も知っている。私の動きは見張られていると考えた方がよいだろう。下手に動けば、本当に武力で攻撃されるかもしれない>
でも、姫君は<もう死にたい>とまで思いつめていらっしゃるし、大夫の監は姫君を迎えに来る日を決めているらしい。
ついに決心したわ。
妹二人に脱出計画を話す。
長女はこちらで結婚して子どもも多くいるから、ついていくのを諦めた。
次女の方は恋人を捨ててお供をすると言う。
夜の暗闇に紛れて屋敷を出て、一行は船に乗った。
九州に残る長女との別れは、お互いにつらいものだったわ。
長男と次女は、何度も長女のいる方を振り返っていた。
「つらかった場所から離れられはしましたが、この先どこへ行くのかも分からず不安です」
と次女が言うと、
「海に出てしまうと行き先も見えませんね。風向きに身を任せるしかないのでしょうか。つらいことです」
と姫君がおっしゃって、うつ伏してしまわれる。
<夜逃げしたことはすぐに大夫の監に知られてしまうだろうし、負けず嫌いな男だから追いかけてくるだろう>
と長男は思って、特別に早く進む船を用意していた。
その上よい風が吹いたので、走るように瀬戸内海を進んでいく。
潮の流れが複雑で漕ぐのが難しいと言われる難所も問題なく通過する。
船の漕ぎ手が後ろを見て、
「小さい船が飛ぶように近づいてくるが、海賊船ではないだろうか」
と言う。
「海賊ならばまだよい。大夫の監でさえなければ。あの男が恐ろしすぎて、難所も海賊も平気になってしまった」
と乳母はつぶやいた。
「もうすぐ海から川へ入ります」
と船頭が知らせた。
ここからは川をさかのぼって都の方面へ行く。
海とは違い、両岸に守られて進む。
一行は少しほっとしたわ。
長男は九州に残してきた妻子のことを思い出していた。
現地の女性と結婚して、子どもも生まれていたの。
<何もかも打ち捨てて出てきてしまった。妻や子はどうなっただろう。使えそうな家来たちは皆連れてきてしまったから、さぞや困っているだろう。それどころか、大夫の監が私を憎むあまり妻子に暴力をふるうかもしれない。深くも考えずとんでもないことをしてしまった>
大夫の監が追いかけてこなかったことに安心すると、今度は置いてきた妻子が心配になってしまうのね。
弱々しく泣きながら、
「中国の詩にも同じような男がいたな」
とつぶやくので、次女も悲しくなる。
<恋人はどう思っているだろう。長く続いていた関係だったのに、突然逃げてしまったのだから>
都に戻ったからといって、一行が帰れる場所はない。
以前住んでいた貧しい家には、きっともう他人が暮らしている。
九州を出る前に、都の知人に「しばらく泊めてほしい」と連絡しておけばよかったけれど、そんな余裕はなかった。
ただ姫君のためと思って、後先考えずに九州を出たのだもの。
この先に何の計画もないということにやっと気づいた一行は、茫然としてしまった。
乳母は、
<姫君がさらわるかもしれない>
と怖くて、
「早く都へ戻りましょう」
と長男をせっつく。
長男は悩んでしまう。
<どうやったら姫君をお連れしてこっそり逃げられるだろうか。相談できる人もいない。弟二人は大夫の監の味方だが、私が弟たちと意見の違うことは大夫の監も知っている。私の動きは見張られていると考えた方がよいだろう。下手に動けば、本当に武力で攻撃されるかもしれない>
でも、姫君は<もう死にたい>とまで思いつめていらっしゃるし、大夫の監は姫君を迎えに来る日を決めているらしい。
ついに決心したわ。
妹二人に脱出計画を話す。
長女はこちらで結婚して子どもも多くいるから、ついていくのを諦めた。
次女の方は恋人を捨ててお供をすると言う。
夜の暗闇に紛れて屋敷を出て、一行は船に乗った。
九州に残る長女との別れは、お互いにつらいものだったわ。
長男と次女は、何度も長女のいる方を振り返っていた。
「つらかった場所から離れられはしましたが、この先どこへ行くのかも分からず不安です」
と次女が言うと、
「海に出てしまうと行き先も見えませんね。風向きに身を任せるしかないのでしょうか。つらいことです」
と姫君がおっしゃって、うつ伏してしまわれる。
<夜逃げしたことはすぐに大夫の監に知られてしまうだろうし、負けず嫌いな男だから追いかけてくるだろう>
と長男は思って、特別に早く進む船を用意していた。
その上よい風が吹いたので、走るように瀬戸内海を進んでいく。
潮の流れが複雑で漕ぐのが難しいと言われる難所も問題なく通過する。
船の漕ぎ手が後ろを見て、
「小さい船が飛ぶように近づいてくるが、海賊船ではないだろうか」
と言う。
「海賊ならばまだよい。大夫の監でさえなければ。あの男が恐ろしすぎて、難所も海賊も平気になってしまった」
と乳母はつぶやいた。
「もうすぐ海から川へ入ります」
と船頭が知らせた。
ここからは川をさかのぼって都の方面へ行く。
海とは違い、両岸に守られて進む。
一行は少しほっとしたわ。
長男は九州に残してきた妻子のことを思い出していた。
現地の女性と結婚して、子どもも生まれていたの。
<何もかも打ち捨てて出てきてしまった。妻や子はどうなっただろう。使えそうな家来たちは皆連れてきてしまったから、さぞや困っているだろう。それどころか、大夫の監が私を憎むあまり妻子に暴力をふるうかもしれない。深くも考えずとんでもないことをしてしまった>
大夫の監が追いかけてこなかったことに安心すると、今度は置いてきた妻子が心配になってしまうのね。
弱々しく泣きながら、
「中国の詩にも同じような男がいたな」
とつぶやくので、次女も悲しくなる。
<恋人はどう思っているだろう。長く続いていた関係だったのに、突然逃げてしまったのだから>
都に戻ったからといって、一行が帰れる場所はない。
以前住んでいた貧しい家には、きっともう他人が暮らしている。
九州を出る前に、都の知人に「しばらく泊めてほしい」と連絡しておけばよかったけれど、そんな余裕はなかった。
ただ姫君のためと思って、後先考えずに九州を出たのだもの。
この先に何の計画もないということにやっと気づいた一行は、茫然としてしまった。



