野いちご源氏物語 二二 玉葛(たまかずら)

<なんとかしてあきらめさせよう>
と、乳母(めのと)が恐る恐る応対に出た。
大夫(たいふ)(げん)は自分の本気を分かってもらおうと張り切ってしゃべる。

「お亡くなりになった夫君(おっとぎみ)はとてもご立派な方でした。ぜひ仲良くしていただきたいと思っておりますうちに亡くなってしまわれ、残念でございます。その代わりにこちらの姫君(ひめぎみ)にお仕えしたいと思いまして、今日はお願いに上がりました。
これでもここまで参るのには勇気が必要だったのです。私とは身分の違う姫君でいらっしゃるそうですから、恐れ多いことだとは分かっております。しかしもし姫君をいただきましたら、私の(あるじ)と思って、頭の上に(ささ)げ持つつもりでお仕えいたしましょう。
そちらは私に妻がたくさんいることをご存じで、それで心配なさっているのではありませんか。そのようなご心配はいりませんよ。姫君をあんな女たちと同列にはいたしません。内裏(だいり)中宮(ちゅうぐう)様のように大切にいたしますから」

きっぱり断るのは恐くて、乳母は丁寧に返答する。
「そのようにおっしゃってくださるのはありがたいことですが、運の悪い子なのです。体が不自由なことを気に()んでおりましてね、結婚などできないと(なげ)いておりますから、私も気の毒になるほどなのです」
「そんなことをお気になさいますな。もし目が見えなくとも、(あし)が動かなくとも、私がお世話して治してさしあげましょう。神様も仏様も私の願いなら何でも聞いてくださいますから」

大夫の監は姫君を引き取る日にちを勝手に決めようとする。
乳母は困って、
「その日はお日柄(ひがら)がよくありませんから」
と我ながら田舎(いなか)くさいことを言ってうやむやにした。

お屋敷から出ていくとき、大夫の監はしばらく立ち止まって何か考えている。
(わか)(ぎわ)に気の()いたことを言いたいらしい。
やっと口を開いた。
「姫君を一途(いちず)に愛すると九州の神様に(ちか)います。万が一それを破ることがあれば、どのような(ばつ)でも受けましょう。いやいや、我ながらよいことを言った」
とにこにこして言う。
女性に気の利いたことなんて言ったことがない人なのでしょうね。
むさくるしいのに初々(ういうい)しい。

乳母はずっと緊張していたから、とっさに返事ができない。
そばにいる娘のどちらかに代わりに答えさせようとするけれど、
「私たちも動揺(どうよう)していますから、とても無理です」
と断られてしまった。
あまり時間をかけるのもよくないので、深く考えないまま震えた声で言う。
「こちらも長年九州の神様にお願いしていることがありますから、それが(かな)わなくなったら神様をお(うら)みいたします」

大夫の監は首をかしげる。
「こちらだって姫君の都でのお幸せを神様に祈ってあるのだから、あなたが何を誓ったところで無駄(むだ)ですよ」
とはっきり言ってしまえればよいけれど、それはできない。
「お待ちなされ、どういう意味でしょうか」
せっかく帰りそうだったのに、また近づいてくる。

乳母はおびえて()(さお)になる。
娘のひとりが気を強くもって愛想(あいそ)よく言った。
「姫君があなた様とご結婚できますようにと神様にお願いしてありますから、それが叶わなくなったら悲しいという意味でございます。なにぶん年老いて()けかかった母の申すことですから、分かりづらくて失礼いたしました」

大夫の監は納得したらしく、
「ああ、なるほどなるほど。さすが風流(ふうりゅう)でいらっしゃる。私も風流は分かっているのです。都の人と何も変わりません。田舎(いなか)(もの)と見下しなさいますな」
と言って、もう一度気の利いたことを言おうとする。
しばらく考えていたけれど、何も思い浮かばなかったみたい。
やっと帰っていったわ。