野いちご源氏物語 二二 玉葛(たまかずら)

姫君(ひめぎみ)のお引越しの行列(ぎょうれつ)は、右近(うこん)が気を配って田舎(いなか)くさくないように整えた。
到着なさった夜、源氏(げんじ)(きみ)はすぐに姫君のお部屋へいらっしゃった。
右近が戸を開けてお招きする。
「ここから入る男は緊張するだろうな」
と、将来の求婚(きゅうこん)(しゃ)たちを思い浮かべて意地(いじ)(わる)くお笑いになった。

乳母(めのと)たちがついたての向こうから源氏の君を(のぞ)いている。
(ひか)(きみ)」などと呼ばれていらっしゃることは(うわさ)で聞いていても、当然お目にかかれるような方ではなかったから、どうせおおげさな噂だろうと思っていたの。
でも、隙間(すきま)からちらりと拝見した源氏の君は、恐ろしいほどお美しい。

源氏の君は縁側(えんがわ)にお座りになった。
(あか)りが薄暗くて、これでは恋人の家に来たようだ。姫は父の顔を見たいとはお思いになりませんか」
そうおっしゃって、ついたてを少しずらしてしまわれる。
恥ずかしくてお顔を(そむ)けた姫君のご様子がお美しいので、源氏の君はうれしく思われた。

「灯りをもっと明るくせよ。これではじれったい」
とお命じになると、右近が灯りを調整した。
忠実(ちゅうじつ)女房(にょうぼう)で結構だが、姫にとっては迷惑だったでしょうね」
とほほえまれる。
はっきりと見えるようになったお顔の目元(めもと)が、夕顔(ゆうがお)(きみ)にそっくりでいらっしゃる。

源氏の君は完全に父親としてお話しになる。
「長年行方(ゆくえ)が分からなかったから、ずっと気にして(なげ)いていたのです。こうやってお目にかかっても夢のようです。あなたの母君(ははぎみ)のことも思い出されて、何も言葉が出てきません」
と涙をぬぐわれる。
夕顔の君とのことは悲しい思い出なの。

姫君のご年齢を数えて、
「あぁ、そんなに大人になられましたか。親子なのにこれほど長い間会わなかったなんて、つらい運命でしたね。もう子どもというお年でもありませんから、会えなかった間のことをしみじみとお話ししたいと思うのに、そんなに恥ずかしがっていらっしゃっては困ります」
とお責めになる。

姫君は、
<実の親子というふりで話さなければならないらしい>
とお気づきになったけれど、源氏の君は(あか)の他人なのだから、何とも申し上げにくい。
物心(ものごころ)つかないうちに両親と別れて田舎(いなか)へ参りまして、そのあとのことはぼんやりとしか記憶にございませんので」
ほのかにお返事なさったお声も夕顔の君にそっくりでいらっしゃる。
もうとっくに二十歳をすぎていらっしゃるけれど、少女らしくてかわいらしいお声なの。

気の()いたお返事に源氏の君はほほえんで、
「田舎をさすらっていらっしゃったことを、もう私以外に気の毒に思ってくれる人はいないでしょう」
などと父親顔でおっしゃる。