都に戻ると、右近はすぐに源氏の君のお屋敷に上がった。
<早く夕顔の君の姫君にお会いしたことをお伝えしたい>
と急いでいる。
六条の院の門を入ると、なかは広々としているのに、源氏の君にご挨拶に来た貴族たちの乗り物でごった返している。
たいした身分でもない自分が入っていくのは目眩がするような御殿よ。
その夜は源氏の君の御前にも出ずに、心を落ち着かせようと横になった。
もちろん落ち着かせることなどできないのだけれど。
次の日、休み明けの女房たちのなかで、特別に右近だけが源氏の君から呼び出された。
うれしく思いながらお部屋へ上がると、
「ずいぶんと長い里下がりだったな。里に夫がいるわけでもないのに、若返ったのではないか。おもしろいことがあったのだろう」
と、いつものようにご冗談をおっしゃる。
「七日間のお休みを頂戴しましたが、ご期待なさるようなおもしろいことはございませんでした。ただ、初瀬寺へお参りしまして、ずっと気になっていた方を見つけました」
とお答えすると、
「それはどのような人だ」
とお尋ねになる。
「夕顔の君の姫君でございます」と喉元まで出かかって、右近はやめた。
<どうせなら紫の上もいらっしゃるときにお話し申し上げた方がよい。こそこそと女性の話をすれば、きっと嫉妬なさる>
と思い直して、
「また改めてお話しいたします」
とお返事した。
あたりが暗くなった。
ほのかな灯りのなかで、源氏の君と紫の上は仲良く並んで座っていらっしゃる。
女君は二十七、八歳。
女盛りでお美しい。
右近はうっとりと拝見している。
<お休みをいただいている間に、また一段とお美しくなられた気がする。姫君のことを紫の上に負けないほどお美しいと思ったけれど、やはりこちらの方が輝いておられる。お幸せかどうかの違いだろうか>
源氏の君は紫の上とご寝室に入られるとき、おみ足を揉む係として右近をお呼びになった。
「若い女房たちはこういう仕事を嫌がってね。やはり長年一緒にいて、気心のしれているそなたに任せるのがよい」
とおっしゃると、女房たちはくすくすと笑う。
「おみ足を揉むのを嫌がっているわけではございません。面倒なご冗談をおっしゃるのですもの」
と言うので、右近はあらためて源氏の君を見上げる。
「面倒な冗談を聞き流してくれるのはそなただけだが、年寄り同士で仲良くするのも紫の上は嫉妬なさるだろうか。困ったことだ」
とお笑いになるお顔が憎めないの。
太政大臣におなりになって、政治の現場からは離れていらっしゃる。
毎日のんびりなさってご退屈なのか、女房にご冗談を言い掛けては反応を楽しんでおられる。
それで右近のような年配の女房にもご冗談をおっしゃるのね。
「初瀬寺で見つけたとかいうのはどのような人なのだ。まさか僧侶と仲良くなって自宅へ連れ込んだのか」
ご寝室でおみ足を揉ませながら、源氏の君はおっしゃる。
「罰当たりなことを仰せにならないでくださいませ。はかなくお亡くなりになった夕顔の君の、忘れ形見をお見つけ申し上げたのです」
「本当か。うれしいことだ。長年いったいどこに隠れていたのだ」
右近は事情をすべてお話しするのもよくない気がして、あいまいに答える。
「田舎の方でございます。夕顔の君にお仕えしていた人たちもおりましたので、懐かしい話をして、お互いに涙がこぼれました」
源氏の君は紫の上の方をちらりとご覧になって、
「わかった。ご存じない方もいらっしゃるから」
と話をそこまでにしようとなさる。
紫の上は、
「私のことはどうぞお構いなく。眠たくなってまいりましたから、何も耳に入りません」
とおっしゃって、耳をふさぐ仕草をなさった。
「お顔は夕顔の君に負けないほどお美しいか」
声をひそめてお尋ねになる。
「想像以上にお美しくおなりでした。いくらなんでも母君のお美しさには敵わないだろうと思っておりましたのに」
「それはめでたい。どなたほどのお美しさだ。こちらの紫の上と比べてどうだろう」
右近は遠慮して、
「そこまででは」
と申し上げたけれど、源氏の君は本心を見抜いてしまわれる。
「いやいや、その顔は『紫の上にも負けない』という顔だ。まぁ、私に似たのなら見た目の心配はいらないだろう」
と、まるでご自分が父君でいらっしゃるかのようにお話しになる。
<早く夕顔の君の姫君にお会いしたことをお伝えしたい>
と急いでいる。
六条の院の門を入ると、なかは広々としているのに、源氏の君にご挨拶に来た貴族たちの乗り物でごった返している。
たいした身分でもない自分が入っていくのは目眩がするような御殿よ。
その夜は源氏の君の御前にも出ずに、心を落ち着かせようと横になった。
もちろん落ち着かせることなどできないのだけれど。
次の日、休み明けの女房たちのなかで、特別に右近だけが源氏の君から呼び出された。
うれしく思いながらお部屋へ上がると、
「ずいぶんと長い里下がりだったな。里に夫がいるわけでもないのに、若返ったのではないか。おもしろいことがあったのだろう」
と、いつものようにご冗談をおっしゃる。
「七日間のお休みを頂戴しましたが、ご期待なさるようなおもしろいことはございませんでした。ただ、初瀬寺へお参りしまして、ずっと気になっていた方を見つけました」
とお答えすると、
「それはどのような人だ」
とお尋ねになる。
「夕顔の君の姫君でございます」と喉元まで出かかって、右近はやめた。
<どうせなら紫の上もいらっしゃるときにお話し申し上げた方がよい。こそこそと女性の話をすれば、きっと嫉妬なさる>
と思い直して、
「また改めてお話しいたします」
とお返事した。
あたりが暗くなった。
ほのかな灯りのなかで、源氏の君と紫の上は仲良く並んで座っていらっしゃる。
女君は二十七、八歳。
女盛りでお美しい。
右近はうっとりと拝見している。
<お休みをいただいている間に、また一段とお美しくなられた気がする。姫君のことを紫の上に負けないほどお美しいと思ったけれど、やはりこちらの方が輝いておられる。お幸せかどうかの違いだろうか>
源氏の君は紫の上とご寝室に入られるとき、おみ足を揉む係として右近をお呼びになった。
「若い女房たちはこういう仕事を嫌がってね。やはり長年一緒にいて、気心のしれているそなたに任せるのがよい」
とおっしゃると、女房たちはくすくすと笑う。
「おみ足を揉むのを嫌がっているわけではございません。面倒なご冗談をおっしゃるのですもの」
と言うので、右近はあらためて源氏の君を見上げる。
「面倒な冗談を聞き流してくれるのはそなただけだが、年寄り同士で仲良くするのも紫の上は嫉妬なさるだろうか。困ったことだ」
とお笑いになるお顔が憎めないの。
太政大臣におなりになって、政治の現場からは離れていらっしゃる。
毎日のんびりなさってご退屈なのか、女房にご冗談を言い掛けては反応を楽しんでおられる。
それで右近のような年配の女房にもご冗談をおっしゃるのね。
「初瀬寺で見つけたとかいうのはどのような人なのだ。まさか僧侶と仲良くなって自宅へ連れ込んだのか」
ご寝室でおみ足を揉ませながら、源氏の君はおっしゃる。
「罰当たりなことを仰せにならないでくださいませ。はかなくお亡くなりになった夕顔の君の、忘れ形見をお見つけ申し上げたのです」
「本当か。うれしいことだ。長年いったいどこに隠れていたのだ」
右近は事情をすべてお話しするのもよくない気がして、あいまいに答える。
「田舎の方でございます。夕顔の君にお仕えしていた人たちもおりましたので、懐かしい話をして、お互いに涙がこぼれました」
源氏の君は紫の上の方をちらりとご覧になって、
「わかった。ご存じない方もいらっしゃるから」
と話をそこまでにしようとなさる。
紫の上は、
「私のことはどうぞお構いなく。眠たくなってまいりましたから、何も耳に入りません」
とおっしゃって、耳をふさぐ仕草をなさった。
「お顔は夕顔の君に負けないほどお美しいか」
声をひそめてお尋ねになる。
「想像以上にお美しくおなりでした。いくらなんでも母君のお美しさには敵わないだろうと思っておりましたのに」
「それはめでたい。どなたほどのお美しさだ。こちらの紫の上と比べてどうだろう」
右近は遠慮して、
「そこまででは」
と申し上げたけれど、源氏の君は本心を見抜いてしまわれる。
「いやいや、その顔は『紫の上にも負けない』という顔だ。まぁ、私に似たのなら見た目の心配はいらないだろう」
と、まるでご自分が父君でいらっしゃるかのようにお話しになる。



