野いちご源氏物語 二二 玉葛(たまかずら)

この新しくやってきた女性客というのは、実は右近(うこん)だったの。
夕顔(ゆうがお)(きみ)の急死後、源氏(げんじ)(きみ)に引き取られ、今は(むらさき)(うえ)のもとで働いているのだけれど、
<本来ならば夕顔の君や姫君(ひめぎみ)にお仕えする身なのに>
と思い悩んでしまうときがある。
そんなときはよく初瀬(はつせ)(でら)にお参りにきているの。

歩きなれた道とはいえ、さすがに疲れて物に寄りかかっていると、ついたての向こうに男の姿がちらりと見えた。
あちらの主人に出すらしい食事のお(ぼん)を持って歩いていく。
「これを姫君に差し上げてください」
と、()仕切(じき)りの向こうに話しかける声が聞こえた。
<あちらは私よりも身分の高いお客のようだ>
と思いながら、右近はついたての向こうを(のぞ)いてみる。
どこかで見たことがある男なの。

姫君の乳母(めのと)の長男、ということに右近はなかなか気づけない。
何しろ二十年ぶりよ。
若いころを知っているだけだから、すっかり疲れた中年(ちゅうねん)になってしまっていては気づけなくても当然よね。
男が下働きの女を呼んだらしい。
近づいてくるその顔を見ると、以前、夕顔の君の家で一緒に働いていた女なの。
<では、もしかしたらあの男は>
と思い当たって、夢のような気がする。

<だとしたら、間仕切りの向こうにいらっしゃる姫君というのは、夕顔の君の姫君だろうか>
と気が(あせ)る。
そこまで覗きこむわけにもいかないので、胸の高鳴りを押さえて声をかけてみた。
下働きの女が返事をしてくれることを期待したけれど、姫君のお食事の準備が忙しいのかしら、返事がない。
右近はじれったくなってしまう。