野いちご源氏物語 二二 玉葛(たまかずら)

夕顔(ゆうがお)(きみ)のことを覚えているかしら。
源氏(げんじ)(きみ)がまだ十代でいらっしゃったころの恋人よ。
当時の頭中将(とうのちゅうじょう)様、今の内大臣(ないだいじん)様の恋人だったのだけれど、わけあって姿を隠し、貧しい暮らしをしていらっしゃった。
そんなときに源氏の君と出会われたの。

でも、この女君(おんなぎみ)の人生が幸せになっていくことはなかった。
源氏の君とお出かけになった先で急死してしまわれたのよ。
惟光(これみつ)がひそかに葬儀(そうぎ)をすませたけれど、夕顔の君の家の女房(にょうぼう)たちは、(おんな)主人(しゅじん)が誰と出かけたのかさえ分からない。
しかも夕顔の君がお生みになった頭中将様の姫君もいらっしゃるから、途方(とほう)()れていたわ。

夕顔の君にお(とも)して出かけて、目の前で(あるじ)を失った右近(うこん)という女房は、そのまま二条(にじょう)(いん)に引き取られた。
源氏の君の女房として働くことになったの。
もう二十年ほど昔のことだけれど、源氏の君は今も夕顔の君を忘れてはいらっしゃらない。
<生きていてくれたら世話をしつづけたのに>
と思っておられる。

右近はそれから十年近く源氏の君にお仕えして、源氏の君が須磨(すま)へ行かれるときに、他の女房たちと同じように(むらさき)(うえ)にお仕えすることになった。
そのまま今も紫の上のもとで働いている。
(ひか)えめで良い女房だ>
と紫の上からも信頼されているけれど、右近は内心で、亡くなった主と源氏の君の恋人たちを比べている。

<夕顔の君が生きておられたら、きっと明石(あかし)(きみ)以上に大切にされていらっしゃったはずだ。源氏の君はそれほどの恋人でなくとも、見捨てず大切になさる。この紫の上にお並びになることは難しいだろうけれど、六条(ろくじょう)(いん)に呼ばれる女君のなかには入っていらっしゃったはずだ>
と悲しんでいるの。