野いちご源氏物語 二一 乙女(おとめ)

大学(だいがく)(りょう)で学ぶときに使う名前をつける儀式は、二条(にじょう)(ひがし)(いん)で行われた。
花散里(はなちるさと)(きみ)がお住まいのところよ。
貴族たちにとってはめずらしい儀式だから、(われ)(われ)もと参列なさる。
大学寮の先生である博士たちは、参列者よりも身分の低い人たちだから、さぞかし緊張したでしょうね。

遠慮しがちな博士たちに、源氏(げんじ)(きみ)は父親らしくおっしゃる。
「私の息子だからといって気を遣わないでください。他の学生たちと同じように、厳しく接してほしい」
そうおっしゃられても困るのだけれど、ご命令なので神妙(しんみょう)な顔で儀式を進める。
借り物のぶかぶかな着物を着ていることは気にしていないみたい。
表情も声もおおげさで、初めて見るような儀式だったわ。

お若い貴族たちは思わず笑ってしまわれる。
儀式では、貴族が博士たちにお酒を(すす)めることになっている。
博士というのは作法(さほう)にうるさいから、落ち着いてお(しゃく)をできそうな人があらかじめ選ばれていた。
大宮(おおみや)様のご子息(しそく)である右大将(うだいしょう)様もそのおひとりよ。
若君(わかぎみ)伯父(おじ)として、「これから(おい)をよろしく」とお(しゃく)をなさる。
でも、学者との宴会なんて慣れていらっしゃらないから、お酌をする手つきがたどたどしい。
博士はそれをいちいち指摘したあげく、
「ええい、どなたも作法がなっておらぬ。私は有名な学者であるぞ。そんなことすらご存じないようだが、それでよく内裏(だいり)でのお仕事ができるものだ」
癇癪(かんしゃく)を起こす。

どなたも我慢ができず、お笑いになる。
すると博士はますます怒って、
「静かに、静かになさい。なんという無礼(ぶれい)だ。騒がしい人には退出してもらいますぞ」
(しか)りつける。
まるで大学寮の教室のようね。

博士というものをあまり見たことがない方たちは、興味深そうにご覧になっている。
一方、大学寮出身の貴族たちは、懐かしく、なんとなくうれしくなっていらっしゃる。
<源氏の君が若君に学問をお勧めになったのは、ご立派ですばらしいことだ>
心底(しんそこ)感心していらっしゃるの。

源氏の君は、
「私のような作法を知らない者が出ていっては、叱られてしまうだろうから」
とおっしゃって、ついたての後ろに隠れていらっしゃる。
席が足りなくて参列できなかった学生がいるとお聞きになると、少し離れたところへお集めになって、お土産(みやげ)をお与えになった。