野いちご源氏物語 二一 乙女(おとめ)

八月に新しいお屋敷が完成した。
六条(ろくじょう)という場所にあるお屋敷だから、「六条(ろくじょう)(いん)」と呼ばれている。
敷地は四つに分かれていて、それぞれにお屋敷がある。
南西のお屋敷は、亡き六条御息所(ろくじょうのみやすんどころ)のお屋敷だったところ。
ここは中宮(ちゅうぐう)様が(さと)(がえ)りのときにお使いになる。
南東のお屋敷は、源氏(げんじ)(きみ)(むらさき)(うえ)のお住まい。
北東のお屋敷は花散里(はなちるさと)(きみ)、北西のお屋敷は明石(あかし)(きみ)を住まわせるおつもりでいらっしゃる。

女君(おんなぎみ)のご希望をお聞きになりながら、それぞれのお庭を趣味よく整えられた。
南東のお屋敷のお庭には、春に花が咲く木をたくさんお植えになった。
紫の上は春がお好きでいらっしゃるから。
大きなお池が奥の方にあって、お屋敷の近くには花壇(かだん)がある。
春に見ごたえのある植物を中心に、秋の植物を少し混ぜてあるの。

南西のお屋敷、つまり秋がお好きな中宮様のお屋敷には、紅葉(もみじ)が美しい木をお植えになる。
こちらにも立派なお池があって、滝もお造りになった。
広々とした秋の野原ができあがって、ちょうど季節だから、見事に咲き乱れている。
大堰(おおい)(がわ)あたりの野山(のやま)も秋には美しいと有名だけれど、ここのお庭には(かな)わないわ。

北東のお屋敷は(すず)しげな(いずみ)がある。
こんこんと()き出る水の流れが、夏には気持ちよさそうよ。
風通しよく夏の植物が植えられているかと思えば、森のように木々が深いところもある。
洗練(せんれん)されたお洒落(しゃれ)なお庭というより、なつかしくてほっとするような雰囲気になっていて、花散里の君のお人柄(ひとがら)のよう。

敷地の東側には、乗馬(じょうば)競技ができる馬場(ばば)がある。
北東と南東のお屋敷、どちらからでも見物(けんぶつ)できそうね。
馬小屋では最高の名馬(めいば)が飼育されているわ。

北西のお屋敷は比較的小さなお屋敷だけれど、敷地の北半分に倉庫がいくつも並んでいる。
明石の君が父親から受け継いだ財産を入れておかせるおつもりかしら。
倉庫とお屋敷の(さかい)には松をたくさんお植えになって、雪が降ったらきっとよい眺めになるはず。
(しも)が降りたときに風情(ふぜい)がある(きく)もお植えになった。