野いちご源氏物語 二一 乙女(おとめ)

すっかり深夜ではあるけれど、上皇(じょうこう)様のお住まいには上皇様の母君(ははぎみ)もお暮らしになっている。
かつて弘徽殿(こきでん)女御(にょうご)様と呼ばれていらっしゃった、気の強いお(きさき)様よ。
<ご挨拶(あいさつ)もせずに帰っては失礼だろう>
(みかど)はお思いになって、源氏(げんじ)(きみ)と一緒に皇太后(こうたいごう)様のお部屋へ行かれた。

皇太后様はよろこんでお会いになった。
帝は入道(にゅうどう)(みや)様を思い出される。
<これほどのお年になってもお元気な方もいらっしゃるのに、母君はあっさりと亡くなってしまわれた>
と残念でいらっしゃる。

「年を取りまして昔のことは何もかも忘れてしまいましたが、こうして帝にお越しいただきますと、内裏(だいり)におりましたころを思い出します」
と皇太后様はお泣きになる。
父君(ちちぎみ)である上皇様が亡くなり、母君も一昨年(おととし)お亡くなりになってから、春を楽しむ気力もなく過ごしておりました。今日こうして皇太后様にお目にかかり、心が慰められるような気がいたします。また改めてお伺いいたしましょう」
帝はやさしくお声をおかけになった。
源氏の君も同じように無難なご挨拶をなさる。

帝はそのまますぐに内裏へお帰りになった。
源氏の君もお(とも)をして出ていかれる。
そのお行列の騒がしい声を聞きながら、皇太后様はお胸が苦しくなってしまわれる。
<源氏の君は私のことをどうお思いなのだろう。さんざん意地悪をしたが、結局太政(だいじょう)大臣(だいじん)にまでなってしまわれた>
もうどうしようもないけれど、昔を思い出して後悔(こうかい)していらっしゃる。