二月になって、帝は上皇様のお住まいをご訪問なさった。
早めに咲いた桜が美しいころね。
上皇様は念入りに準備してお待ちになっていたわ。
帝は源氏の君もお呼びになった。
帝と同じ赤色のお着物をお召しだから、おふたりはますますそっくりな美しさでいらっしゃる。
上皇様はすっきりとお年を重ねられて、これまで以上にお振舞いに優美さがにじみでておられる。
中国の詩を作り合ってお遊びになるのだけれど、あえて専門家はお呼びになっていない。
その代わり、才能があると言われている大学寮の学生十人が呼ばれていた。
そのなかには源氏の君の若君もいらっしゃる。
学生たちは、特別にここで試験を受けることになっているの。
緊張しやすい人は、帝をはじめ上皇様や太政大臣様の御前での試験など耐えられない。
ひとりずつお池の船に乗せられて、与えられたお題で文章を作るのだけれど、実力を発揮できない人も多かったみたい。
日が沈むころになって演奏会が始まった。
今度は音楽家たちを乗せた船がお池を漕ぎまわる。
山からの風とあわさってよい音色が響きわたる。
若君は、
<こちらの方が学問よりよほどおもしろいのに。わざわざ苦労する必要があるのだろうか>
と恨めしくお思いになっている。
舞が披露される。
鶯のさえずりのような曲に合わせた、おめでたい舞よ。
上皇様は、東宮でいらっしゃったころの内裏の桜の宴を思い出された。
もう十年以上昔だけれど、源氏の君が桜の枝を冠に挿してこの舞を舞われた。
それを鮮明に覚えていらっしゃるの。
「あれほどすばらしい宴を楽しむ日が、また来るだろうか」
とおっしゃるので、源氏の君も過去を懐かしく思い出される。
源氏の君は上皇様にお酒を差し上げながら、
「鶯の鳴き声はあのころと変わりませんが、あのころ帝でいらっしゃった上皇様は、すでにお亡くなりになってしまわれましたね」
としみじみおっしゃる。
上皇様はさみしそうにお返事なさる。
「亡き上皇様から帝の位を譲っていただいた私が、今の帝に位をお譲りして、私などもはやすっかり過去の人間ですが、それでも鶯だけは春の訪れを知らせに来てくれるのです」
上皇様と源氏の君の弟君で、新しく兵部卿におなりになった宮様が、帝にお酒を差し上げながらおっしゃる。
「笛の音も鶯の鳴き声も昔のままです。亡き上皇様がなさったのと同じように、帝がご立派な政治をなさっている証拠でございます」
少し湿っぽくなった場の空気をさっと変える、見事なお祝いをおっしゃった。
帝はお酒をお受け取りになって、
「鶯は亡き上皇様の時代を恋しがって鳴いているのだろう。私の政治など到底及ばない」
と品よくご謙遜なさる。
他にもいろいろなお話があったでしょうけれど、お身内同士のお話だから、私が人づてに聞いたのはこのくらい。
演奏している場所が遠くて聞こえづらいので、
「こちらにも楽器を」
と帝がお命じになった。
兵部卿の宮様は琵琶、内大臣様は和琴、上皇様は筝、源氏の君は琴をお弾きになる。
皆様お上手でいらっしゃって、いつも以上に心をこめてお弾きになるから、そのすばらしさは言い表せないほどよ。
貴族たちが合奏にあわせてお祝いの歌を歌う。
月がぼんやりと出て、よい雰囲気になった。
お池に浮かぶ島に灯りが焚かれている。
楽しくお過ごしになって、音楽会は閉会になった。
早めに咲いた桜が美しいころね。
上皇様は念入りに準備してお待ちになっていたわ。
帝は源氏の君もお呼びになった。
帝と同じ赤色のお着物をお召しだから、おふたりはますますそっくりな美しさでいらっしゃる。
上皇様はすっきりとお年を重ねられて、これまで以上にお振舞いに優美さがにじみでておられる。
中国の詩を作り合ってお遊びになるのだけれど、あえて専門家はお呼びになっていない。
その代わり、才能があると言われている大学寮の学生十人が呼ばれていた。
そのなかには源氏の君の若君もいらっしゃる。
学生たちは、特別にここで試験を受けることになっているの。
緊張しやすい人は、帝をはじめ上皇様や太政大臣様の御前での試験など耐えられない。
ひとりずつお池の船に乗せられて、与えられたお題で文章を作るのだけれど、実力を発揮できない人も多かったみたい。
日が沈むころになって演奏会が始まった。
今度は音楽家たちを乗せた船がお池を漕ぎまわる。
山からの風とあわさってよい音色が響きわたる。
若君は、
<こちらの方が学問よりよほどおもしろいのに。わざわざ苦労する必要があるのだろうか>
と恨めしくお思いになっている。
舞が披露される。
鶯のさえずりのような曲に合わせた、おめでたい舞よ。
上皇様は、東宮でいらっしゃったころの内裏の桜の宴を思い出された。
もう十年以上昔だけれど、源氏の君が桜の枝を冠に挿してこの舞を舞われた。
それを鮮明に覚えていらっしゃるの。
「あれほどすばらしい宴を楽しむ日が、また来るだろうか」
とおっしゃるので、源氏の君も過去を懐かしく思い出される。
源氏の君は上皇様にお酒を差し上げながら、
「鶯の鳴き声はあのころと変わりませんが、あのころ帝でいらっしゃった上皇様は、すでにお亡くなりになってしまわれましたね」
としみじみおっしゃる。
上皇様はさみしそうにお返事なさる。
「亡き上皇様から帝の位を譲っていただいた私が、今の帝に位をお譲りして、私などもはやすっかり過去の人間ですが、それでも鶯だけは春の訪れを知らせに来てくれるのです」
上皇様と源氏の君の弟君で、新しく兵部卿におなりになった宮様が、帝にお酒を差し上げながらおっしゃる。
「笛の音も鶯の鳴き声も昔のままです。亡き上皇様がなさったのと同じように、帝がご立派な政治をなさっている証拠でございます」
少し湿っぽくなった場の空気をさっと変える、見事なお祝いをおっしゃった。
帝はお酒をお受け取りになって、
「鶯は亡き上皇様の時代を恋しがって鳴いているのだろう。私の政治など到底及ばない」
と品よくご謙遜なさる。
他にもいろいろなお話があったでしょうけれど、お身内同士のお話だから、私が人づてに聞いたのはこのくらい。
演奏している場所が遠くて聞こえづらいので、
「こちらにも楽器を」
と帝がお命じになった。
兵部卿の宮様は琵琶、内大臣様は和琴、上皇様は筝、源氏の君は琴をお弾きになる。
皆様お上手でいらっしゃって、いつも以上に心をこめてお弾きになるから、そのすばらしさは言い表せないほどよ。
貴族たちが合奏にあわせてお祝いの歌を歌う。
月がぼんやりと出て、よい雰囲気になった。
お池に浮かぶ島に灯りが焚かれている。
楽しくお過ごしになって、音楽会は閉会になった。



