野いちご源氏物語 二一 乙女(おとめ)

若君(わかぎみ)はお胸がふさがってしまって、食欲も出ず、学問をなさるご気分にもなれずにいらっしゃった。
気分転換にお屋敷の中を歩いて、二条の院の方まで行ってごらんになる。
お姿はご立派で美しく、上品に落ち着いていらっしゃるので、若い女房(にょうぼう)たちはうっとりと拝見している。
(むらさき)(うえ)のお暮らしになっている離れは、普段は近づくこともできない雰囲気なの。
でも今日は、舞姫(まいひめ)に選ばれた惟光(これみつ)の娘がやって来るらしい。
誰もが慌ただしくしているから、若君はこっそりお入りになることができた。

乗り物から丁寧に降ろされた舞姫は、ついたての向こうで休憩している。
若君がそっとお(のぞ)きになると、疲れたらしく物に寄りかかっていたわ。
雲居(くもい)(かり)と同い年くらいだろうか。もう少し背が高いような感じがする。美しい人だ>
と見とれてしまわれる。
いきなり心変わりなさったわけではないけれど、思わず着物の(すそ)を引いてごらんになった。

舞姫は、<何かしら>と不思議に思っている。
まさか源氏(げんじ)(きみ)の若君が近くにいらっしゃるなんて思わないものね。
「あなたは私のものですよ。ずっと昔からあなたを思っていたのです」
ずいぶん唐突(とうとつ)な口説き方をなさった。
若くて美しいお声だけれど、どなたなのか舞姫にはさっぱり分からない。
気味(きみ)悪く思っていると、化粧直しをするために女房(にょうぼう)たちが近づいてきた。
辺りが騒がしくなったので、若君は残念に思いながらお離れになったわ。