野いちご源氏物語 二一 乙女(おとめ)

若君(わかぎみ)はこのやりとりを物陰(ものかげ)から(のぞ)いていらっしゃった。
女房(にょうぼう)たちが気づいていることなど構わず、姫君(ひめぎみ)を目に焼きつけるようにお見つめになる。
そうしながら心細くて泣いていらっしゃるの。
乳母(めのと)からもそのご様子が見える。
お気の毒に思った乳母は、大宮(おおみや)様にはうまく申し上げて、夕方に若君と姫君をお会わせした。

内大臣(ないだいじん)様が間もなく姫君のお迎えにいらっしゃるはずなので、屋敷中が慌ただしい。
ひさしぶりに直接お会いになったおふたりは、気まずさと苦しさで、何も言えずに泣いていらっしゃる。
やっと若君がおっしゃる。
「内大臣様のお考えがつらくて、いっそもうあなたを(あきら)めてしまおうと頭では考えるのだけれど、恋しくて恋しくてどうしようもないのです。こちらで一緒に暮らしていたころ、もっと仲良くしておけばよかった」
少年らしく打ちひしがれていらっしゃるのがお気の毒で、
「私もそう思います」
と姫君は弱々しくお答えになる。
若君が、
「私を恋しいと思ってくれますか」
とお尋ねになると、まだまだ幼いご様子で少しお頷きになった。

内裏(だいり)からお()がりになった内大臣様のお行列が、こちらへ近づいてきているみたい。
(とも)の大きな声が聞こえてくる。
姫君は震えはじめてしまわれたの。
若君は姫君を抱きしめて、
「どこにも行かせない」
とつぶやかれる。

姫君の乳母(めのと)が、姫君を探してやって来た。
ついたての向こうからちらりと(のぞ)いて状況を(さっ)したわ。
<なんと困ったこと。大宮様のお許しなしに、こんなふうにお会いにはなれないはず。大宮様はご存じないどころか、やはりひそかにおふたりを応援していらっしゃったのだ>
とうんざりする。

乳母は聞こえよがしに言う。
「若君と姫君のご関係はなかったことにしなければ。内大臣様はお怒りだし、再婚なさった母君(ははぎみ)やその夫君(おっとぎみ)だってどうお思いになるか。いくらなんでも姫君が六位(ろくい)の人とご結婚なさるなんてありえない」
<私の位階(いかい)が低いことを馬鹿にしているのだ>
若君は傷ついてしまわれる。

「お聞きになりましたか。あなたを思う恋心は、位階などでは(はか)れないはずなのに」
とおっしゃると、姫君は、
「悲しいことばかりの人生です。私たちはこの先どうなってしまうのでしょうか」
とお返事なさる。
そのお返事が言い終わるかどうかのところで、内大臣様がお屋敷にお入りになった。
もうどうしようもなくて、姫君はご自分のお部屋にお戻りになる。