野いちご源氏物語 二一 乙女(おとめ)

大宮(おおみや)様は、内心では若君(わかぎみ)の味方をなさっている。
<たしかに姫や我が家の将来を思えば、姫を華々しく東宮(とうぐう)様に入内(じゅだい)させた方がよいかもしれない。しかし若君のご成長がうれしいではないか。生まれてすぐに母親を亡くしたあの子が、誰かを愛するほど大きくなったのだ。
内大臣(ないだいじん)はかんかんに怒っていたけれど、それほど悪い縁談(えんだん)ではないだろう。そもそも内大臣は、あの姫のことなどどうでもよさそうにしていたではないか。私が大切に育てているのを見て、東宮様に差し上げることを思いついたのだ。入内が一番ではあるが、もしそれができなくなった場合、若君よりも優れた結婚相手はいない。内親王(ないしんのう)様とご結婚なさったっておかしくはないほどの、立派な若者なのだから>
と、内大臣様を(うら)めしくお思いになる。
そんなことを直接おっしゃったら大変なことになりそうだけれど。

こんな騒動(そうどう)が大宮様のお屋敷で起きていることも知らず、若君がご機嫌(きげん)(うかが)いにいらっしゃった。
先日お越しになったときは、内大臣様と音楽会になって、結局姫君とはお話しできなかったの。
それが残念で、<今日こそは>と思っておいでになったみたい。
大宮様はいつもはよろこんでお迎えになるのに、今日はいやに真剣にお話をなさる。

(かた)(くる)しいお話の最後に、
「あなたのせいで内大臣が私をお恨みになっているのです。姫によくない思いを(いだ)いていらっしゃるようですね。おばあ様を苦しめてはいけませんよ。こんなことは言いたくないのだけれど、内大臣がお怒りでいらっしゃることを、あなたには知らせておこうと思いましてね」
とおっしゃる。

若君はお顔を赤くなさった。
「何のことでございましょう。近ごろは学問のために二条(にじょう)(ひがし)(いん)に閉じこもっておりますから、伯父君(おじぎみ)のお怒りを買うようなことはしていないはずと存じますが」
と、とぼけておっしゃるけれど、明らかに動揺(どうよう)しておられるの。
大宮様は若君がお気の毒になる。
「そうですか、では今後はお気をつけなさい」
とだけおっしゃって、話題をお変えになった。