夜が更けて、内大臣様は大宮様のお部屋からご退出なさる。
お帰りになったふりをして、かわいがっておられる女房の部屋でしばらくお過ごしになったわ。
それからこっそりと廊下を通って、今度こそ帰ろうと乗り物の方へ向かわれると、近くからひそひそ声が聞こえてきたの。
<私のことを言っているようだ>
とお気づきになって、耳をおすましになる。
「内大臣様も父親としては凡人でいらっしゃる。若君を姫君からうまく遠ざけているおつもりでも、実際どうなっているか、まるでご存じないのですもの。『子どものことを一番よく分かっているのは親だ』なんて昔の人は言ったそうですけれど、それは間違っていますよ」
などと言って、老いた女房たちがくすくすと笑っている。
<なんということだ。まったく考えなかったことではないが、まだ幼いふたりだからと油断していた>
若君と姫君の関係に気づいてしまわれて、真っ青になってお帰りになる。
お供が騒がしくお屋敷から出ていくので、
「内大臣様は今ご出発になるようですよ。これまでどこに隠れていらっしゃったのでしょう。お年を召しても女好きでいらっしゃること」
と別の女房たちは笑っている。
陰口を言っていた老女房たちは、
「話しているときに近くからよい香りがしましたけれど、若君のお着物の香りだろうと思っていたのですよ。あれは内大臣様の香りだったのでしょうか。あぁ、恐ろしい。お怒りに違いありません」
と震えている。
道中、内大臣様はお考えになる。
<姫を若君と結婚させるのは悪くはないが、手近なところですませてしまったように世間は思うだろう。帝の中宮選びで源氏の君に負けたことが悔しく、しかしこの姫が東宮様に入内すれば、ゆくゆくは中宮になることだってあるかもしれないと期待していたというのに、それも駄目になってしまう>
と、若君のことも源氏の君のこともお恨みになる。
内大臣様と源氏の君は、ふだんは仲の良いご関係よ。
でも、政治家としての権力争いということになると、内大臣様の負けん気がむくむくと湧き上がるの。
横になっても眠れずにいらっしゃると、老女房のしわがれた声がよみがえる。
「大宮様だってご存じですよ。でも、若君も姫君もかわいい孫君でいらっしゃいますから、見て見ぬふりをなさっているのです」
<あぁ、腹の立つ>
とお思いになる。
男性的なご性格だから、お怒りを抑えることが難しくていらっしゃるのでしょうね。
お帰りになったふりをして、かわいがっておられる女房の部屋でしばらくお過ごしになったわ。
それからこっそりと廊下を通って、今度こそ帰ろうと乗り物の方へ向かわれると、近くからひそひそ声が聞こえてきたの。
<私のことを言っているようだ>
とお気づきになって、耳をおすましになる。
「内大臣様も父親としては凡人でいらっしゃる。若君を姫君からうまく遠ざけているおつもりでも、実際どうなっているか、まるでご存じないのですもの。『子どものことを一番よく分かっているのは親だ』なんて昔の人は言ったそうですけれど、それは間違っていますよ」
などと言って、老いた女房たちがくすくすと笑っている。
<なんということだ。まったく考えなかったことではないが、まだ幼いふたりだからと油断していた>
若君と姫君の関係に気づいてしまわれて、真っ青になってお帰りになる。
お供が騒がしくお屋敷から出ていくので、
「内大臣様は今ご出発になるようですよ。これまでどこに隠れていらっしゃったのでしょう。お年を召しても女好きでいらっしゃること」
と別の女房たちは笑っている。
陰口を言っていた老女房たちは、
「話しているときに近くからよい香りがしましたけれど、若君のお着物の香りだろうと思っていたのですよ。あれは内大臣様の香りだったのでしょうか。あぁ、恐ろしい。お怒りに違いありません」
と震えている。
道中、内大臣様はお考えになる。
<姫を若君と結婚させるのは悪くはないが、手近なところですませてしまったように世間は思うだろう。帝の中宮選びで源氏の君に負けたことが悔しく、しかしこの姫が東宮様に入内すれば、ゆくゆくは中宮になることだってあるかもしれないと期待していたというのに、それも駄目になってしまう>
と、若君のことも源氏の君のこともお恨みになる。
内大臣様と源氏の君は、ふだんは仲の良いご関係よ。
でも、政治家としての権力争いということになると、内大臣様の負けん気がむくむくと湧き上がるの。
横になっても眠れずにいらっしゃると、老女房のしわがれた声がよみがえる。
「大宮様だってご存じですよ。でも、若君も姫君もかわいい孫君でいらっしゃいますから、見て見ぬふりをなさっているのです」
<あぁ、腹の立つ>
とお思いになる。
男性的なご性格だから、お怒りを抑えることが難しくていらっしゃるのでしょうね。



