野いちご源氏物語 二一 乙女(おとめ)

姫君(ひめぎみ)との間についたてをお置きになってから、
「どうぞこちらに」
内大臣(ないだいじん)様は若君(わかぎみ)をお招きになる。
「ひさしぶりにお会いしましたね。お勉強のなさりすぎではありませんか。父君(ちちぎみ)がお厳しいのでしょう。立派な家柄(いえがら)に生まれた人は、あまり勉強しすぎない方がよいと源氏(げんじ)(きみ)もご存じのはずですけれど。何かお考えがあってのことでしょうが、二条(にじょう)(ひがし)(いん)(こも)ってばかりいらっしゃるのはお気の毒です。ときどきはお勉強以外のこともなされませ。(ふえ)()からも学べることはございますよ」
と優しい伯父君(おじぎみ)のお顔でおっしゃって、笛をお渡しになる。

若君はみずみずしい音色でお吹きになった。
あまりによい音色なので、内大臣様は演奏をやめて、拍子(ひょうし)をとりながらお歌いになる。
「源氏の君も、近ごろは音楽のような呑気(のんき)なことばかりなさっているのでしょう。太政(だいじょう)大臣(だいじん)におなりになって、あわただしい政治の現場からは離れてしまわれましたから。何かと思いどおりにならない世の中ですからね、せめて好きなことをして過ごしたいものです」
とおっしゃって、若君にお酒をお(すす)めになる。
暗くなってきたので、(あか)りをつけて、お夜食(やしょく)をお出しになる。

姫君はお部屋に帰してしまわれた。
内大臣様は若君から遠ざけようとなさって、(こと)()もお聞かせにならないの。
女房(にょうぼう)たちは若君と姫君が思い合っていることを知っているから、
「お気の毒だこと」
とひそひそ話している。