野いちご源氏物語 一九 薄雲(うすぐも)

姫君(ひめぎみ)乳母(めのと)は、姫君と一緒に二条(にじょう)(いん)へ移るの。
「そなたともお別れすることになるのですね。来る日も来る日も悩みや寂しさをこぼしあって、お互いに(なぐさ)めあってきたというのに、そなたまでいなくなったらますます心細くなってしまう。こんなに悲しいことがあるものでしょうか」
明石(あかし)(きみ)はお泣きになる。

乳母も、
「深い考えもないまま姫様の乳母として明石へ参ることになったのですが、今思えばあれは運命だったのございましょうね。御方(おかた)様には二年半もご親切にしていただきました。二条の院に参りましても、御方様のことは忘れられず恋しく思い出されましょうが、きっとまたお会いできると信じております。その日を心待ちにして、しばらくの間、私の思いとは違うところでお仕えしてまいります。不安ではございますけれど」
と泣く。
そうしているうちに、姫君が二条の院にお移りになる十二月になってしまったわ。

雪や(あられ)が降る。
<どんどん心細くなっていく。どうしてこんなにも悩み苦しむ人生なのだろうか>
と明石の君はお(なげ)きになって、これまで以上に姫君を手元(てもと)にお置きになる。
(ぐし)をなでたり、寒くないようにお着物の(えり)をきちんを合わせたりなさっているの。
暗い空から雪が降りつもった朝、女君は過去から将来のことを何もかも思い浮かべていらっしゃった。
いつもは建物の(はし)のような、人目(ひとめ)につきやすい場所にお出になる方ではないけれど、今日は少し端の方へ出ていらっしゃる。
お庭の池が凍っていて、それをご覧になっているの。
白いお着物の、着慣れてやわらかくなったものを何枚も重ねてお召しになっている。
その後ろ姿は、内親王(ないしんのう)様でもこれほどではいらっしゃらないだろうと思われるほど、上品でお美しい。

女君は落ちる涙をぬぐって、
「姫と離れてしまったらただでさえ気にかかるだろうに、こんなに寒くて寂しい日には、いったいどれほど心配になるだろう」
と弱々しくお嘆きになる。
乳母に、
「都からこちらへ向かう山道は雪もとけないだろうけれど、それでも手紙をくださいね。姫のことを私に教えてくださいね」
とお願いなさる。
乳母は泣きながら、
「はい、必ず」
とお答えしたわ。