野いちご源氏物語 一九 薄雲(うすぐも)

明石(あかし)(きみ)のところにも、お忙しいせいでなかなか訪問できずにいらっしゃった。
<もっと気楽に考えて二条(にじょう)(ひがし)(いん)に移ってきたらよいのに。東の院で軽んじられるのは嫌だと頑固にしているのは、身の程知らずな態度だろう。しかし気の毒でもある>
と同情なさって、内裏(だいり)のお仕事が少し暇になったころ、嵯峨(さが)のお寺に行くと言ってお出かけになった。

大堰(おおい)(がわ)の別荘はただでさえ寂しいところなのに、雰囲気がますます暗くなっている。
<姫を(むらさき)(うえ)にお渡ししてしまって、この先私はどうなるのだろう>
と明石の君が深刻に思いつめていらっしゃるので、お屋敷全体がどんよりしてしまっているの。
さすがの源氏の君も(なぐさ)めようがなくて困っていらっしゃる。
お庭の照明として()いている火が、木立(こだち)隙間(すきま)から(ほたる)のようにちらちらと見える。

「明石の海辺にも、夜になるとこんなふうに火を焚いて(りょう)をする船がありましたね」
と源氏の君がおっしゃると、
「私が(なげ)いているのを心配してやって来たのでしょうか」
と、ため息まじりにお答えになる。
「私は心の底からあなたを大切に思っているのに、どうして分かってくれないのだろう。逆に私の方が嘆いてしまう」
と困ったようにおっしゃって、明石の君をお抱きしめになる。
いつもより長くご滞在なさったので、女君(おんなぎみ)のお気持ちも少し(まぎ)れたようだったわ。