<源氏の君はお若いころ、『どのような女君のところなら落ち着かれるのだろう』と噂されるほど浮気な方でいらっしゃった。それがすっかり紫の上のもとで落ち着かれたのだから、並大抵の女君ではいらっしゃらないのだろう。兵部卿の宮様の姫君であられるらしい。ご身分はもちろん、何もかもがすばらしく整って、たくさんの恋人たちのなかでもっとも優れた方のはずだ。
私のような身分の低い者が肩を並べることなどあってはならないお方なのだから、のこのこと都近くまで出てきてしまったのを、きっと目障りだとお思いだろう。私のことなどはどうでもよいが、姫はまだ、この先長く都で生きていかなければならない。貴族社会で幸せをつかめるかどうかは、結局は紫の上のお心ひとつで決まってしまうのだ。それならば紫の上にできるだけかわいがっていただいた方がよい。物心がつく前にお譲りしてしまおう。
しかし、手放したらさぞかし心配だろう。今は姫の愛くるしさに救われてなんとか生きているけれど、私ひとりになってしまったら、生きる張り合いもなくなってしまう。それに、こちらに姫がいらっしゃらなくなれば、源氏の君のたまのお越しももうなくなってしまうだろう>
など、あれもこれもお悩みになる。
尼君はもう少し冷静にお考えになっている。
「考えすぎても仕方ありませんよ。姫にお会いできなくなることは私も胸が痛みますが、まず姫のご将来を第一に考えるべきです。源氏の君もよくお考えになってのことでしょうから、ただあちらを信じて姫をお渡しなさい。帝のお子でさえ、母君のご身分に応じて格が決まってしまうのです。源氏の君だってそうでいらっしゃいましたよ。亡き上皇様にもっとも愛されていても、東宮にはおなりになれなかった。それは母君が女御ではなく更衣のご身分でいらっしゃったからです。
帝のお子でさえそのようにはっきりと区別されるのですから、まして貴族のお子たちは、もっと母君の身分が重要です。もっと言えば、母君はご正妻でなければならない。たとえ親王様や大臣様の姫君であっても、ご正妻のお子でなければ重くは扱われないものなのです。世間からも、父君からも、ですよ。
源氏の君には今のところ他に姫君がいらっしゃらないようですけれど、今後もし、ご身分の高いところに姫君がお生まれになったら、こちらの姫など簡単に価値を失います。世間から大切にされるには、父親から大切にされていることが大前提なのです。袴着の儀式をこちらで行うことだってできなくはありません。でもね、こんな寂しい山里で行ったところで、誰が気づいて、どなたが祝ってくださるというのです。何もかもあちらにお任せして、姫が大切にされているご様子を遠くで聞いて満足しているのが一番でしょう」
とお教えになる。
明石の君はまだ悩んでいて、占い師を呼んでお尋ねになった。
占い師も、
「やはり姫君をお渡しになるのが一番でしょう」
と言うので、すっかり弱気になってしまわれる。
源氏の君は、必ず姫君を二条の院に引き取ると決めていらっしゃる。
でも、明石の君のお心を傷つけるのがかわいそうで、強くもおっしゃれない。
「姫の袴着の儀式は、どのようにするお考えですか」
と、長くは待てないことをほのめかされる。
明石の君は、
「私のような者のところでお育てしては、姫のご将来がお気の毒なことになってしまうと分かっております。ただ、ご立派な方々のなかに加えていただきましても、笑い者になってしまうのではと心配で」
とお返事なさるので、源氏の君は母心をかわいそうにお思いになる。
源氏の君は着々と姫君を引き取る準備をなさっている。
引っ越しに縁起のよい日を占い師に選ばせて、ひそかに家来に支度をお命じになる。
明石の君には引っ越しの日にちはお知らせせずに、心づもりだけはしておくようにと言っておかれた。
女君はとてもおつらいけれど、
<これが姫のために一番よい選択なのだから>
と耐えていらっしゃる。
私のような身分の低い者が肩を並べることなどあってはならないお方なのだから、のこのこと都近くまで出てきてしまったのを、きっと目障りだとお思いだろう。私のことなどはどうでもよいが、姫はまだ、この先長く都で生きていかなければならない。貴族社会で幸せをつかめるかどうかは、結局は紫の上のお心ひとつで決まってしまうのだ。それならば紫の上にできるだけかわいがっていただいた方がよい。物心がつく前にお譲りしてしまおう。
しかし、手放したらさぞかし心配だろう。今は姫の愛くるしさに救われてなんとか生きているけれど、私ひとりになってしまったら、生きる張り合いもなくなってしまう。それに、こちらに姫がいらっしゃらなくなれば、源氏の君のたまのお越しももうなくなってしまうだろう>
など、あれもこれもお悩みになる。
尼君はもう少し冷静にお考えになっている。
「考えすぎても仕方ありませんよ。姫にお会いできなくなることは私も胸が痛みますが、まず姫のご将来を第一に考えるべきです。源氏の君もよくお考えになってのことでしょうから、ただあちらを信じて姫をお渡しなさい。帝のお子でさえ、母君のご身分に応じて格が決まってしまうのです。源氏の君だってそうでいらっしゃいましたよ。亡き上皇様にもっとも愛されていても、東宮にはおなりになれなかった。それは母君が女御ではなく更衣のご身分でいらっしゃったからです。
帝のお子でさえそのようにはっきりと区別されるのですから、まして貴族のお子たちは、もっと母君の身分が重要です。もっと言えば、母君はご正妻でなければならない。たとえ親王様や大臣様の姫君であっても、ご正妻のお子でなければ重くは扱われないものなのです。世間からも、父君からも、ですよ。
源氏の君には今のところ他に姫君がいらっしゃらないようですけれど、今後もし、ご身分の高いところに姫君がお生まれになったら、こちらの姫など簡単に価値を失います。世間から大切にされるには、父親から大切にされていることが大前提なのです。袴着の儀式をこちらで行うことだってできなくはありません。でもね、こんな寂しい山里で行ったところで、誰が気づいて、どなたが祝ってくださるというのです。何もかもあちらにお任せして、姫が大切にされているご様子を遠くで聞いて満足しているのが一番でしょう」
とお教えになる。
明石の君はまだ悩んでいて、占い師を呼んでお尋ねになった。
占い師も、
「やはり姫君をお渡しになるのが一番でしょう」
と言うので、すっかり弱気になってしまわれる。
源氏の君は、必ず姫君を二条の院に引き取ると決めていらっしゃる。
でも、明石の君のお心を傷つけるのがかわいそうで、強くもおっしゃれない。
「姫の袴着の儀式は、どのようにするお考えですか」
と、長くは待てないことをほのめかされる。
明石の君は、
「私のような者のところでお育てしては、姫のご将来がお気の毒なことになってしまうと分かっております。ただ、ご立派な方々のなかに加えていただきましても、笑い者になってしまうのではと心配で」
とお返事なさるので、源氏の君は母心をかわいそうにお思いになる。
源氏の君は着々と姫君を引き取る準備をなさっている。
引っ越しに縁起のよい日を占い師に選ばせて、ひそかに家来に支度をお命じになる。
明石の君には引っ越しの日にちはお知らせせずに、心づもりだけはしておくようにと言っておかれた。
女君はとてもおつらいけれど、
<これが姫のために一番よい選択なのだから>
と耐えていらっしゃる。



