野いちご源氏物語 一九 薄雲(うすぐも)

堅苦(かたくる)しいお話はこのくらいにして、女御(にょうご)様は春と秋のどちらがお好きですか。春は桜、秋は紅葉(もみじ)で、論争になってもはっきりとした結論は出ないようでございますね。しいて言うなら中国は春派、日本は秋派が多いのでしょうか。ご覧のとおり狭い庭でございますが、春や秋に楽しんでいただける植物を植えたいと思っているのです。女御様はどちらがお好きでしょう」
と、源氏(げんじ)(きみ)はお尋ねになった。
口説くようなことをおっしゃると、女御様は迷惑がってお()がりになってしまうかもしれないから、無難な世間話のおつもりなのかしらね。

女御様は、
<簡単に決めてお答えできることでもないけれど、まったくお返事しないのもよくないだろう>
とお思いになる。
「世間でもはっきりしないことを私などが決められもいたしませんが、秋は母の亡くなった季節ですから、心にしみることも多うございます」
可憐(かれん)に優しくおっしゃる。

源氏の君は恋心を押さえきれなくなって、
「私もこの季節は人恋しくなるのです。とても()えられないほどに」
とおっしゃる。
女御様は呆然(ぼうぜん)としてしまわれた。
源氏の君は我慢していたお気持ちがあふれ出して止まらないの。
切々(せつせつ)と恋心を(うった)えられたわ。

女御様は当然ご不快でいらっしゃる。
それに気づいて源氏の君はお黙りになったけれど、反省なさるご様子も女御様は鬱陶(うっとう)しくお感じになる。
何もおっしゃらないままそっと奥のお部屋へ下がろうとなさるので、源氏の君はあわてて声をおかけになった。
「これは失礼いたしました。しかし、立派な大人の女性はそのようにご冷淡(れいたん)にはなさらないものですよ。もうつまらぬことは申しません。悲しくなってしまいますから、どうか私をお(にく)みにはなりませんように」
と退出なさった。

女御様は、源氏の君のお着物の香りが残っていることさえ嫌だとお思いになる。
でも女房(にょうぼう)たちは、源氏の君の恋心にも女御様のご不快にも気づいていないの。
「まぁ、敷物(しきもの)にすばらしい香りが移ってございますよ。本当に何もかも完璧な方でいらっしゃること」
とうっとりしている。