野いちご源氏物語 一九 薄雲(うすぐも)

(みかど)は思いもよらない話をお聞きになって、あれこれお悩みになる。
<まず亡き上皇(じょうこう)様に申し訳がない。あれほど私をかわいがってくださったというのに。それに源氏(げんじ)(きみ)にも恐れ多い。私が帝でいるなら、あの人は帝の父君(ちちぎみ)ではないか。それが内大臣(ないだいじん)とはいえ、ただの貴族の身分でいるのはおかしい>
と、日が高くなってもご寝室で苦しんでいらっしゃる。

源氏の君は、帝までご病気かとあわててお越しになった。
帝は源氏の君のお顔をご覧になると、我慢できずに涙をこぼされる。
<亡き母君(ははぎみ)を恋しく思っておられるのだろう>
と源氏の君は勘違いなさる。
ちょうどその日、式部卿(しきぶきょう)(みや)様という立派な皇族がお亡くなりになった。
それを伝えられた帝は、
「やはり不吉(ふきつ)なことがつづくのだ」
とお(なげ)きになる。
源氏の君は帝のお心を心配して、二条(にじょう)(いん)には戻らず、内裏(だいり)に泊まることになさった。

おふたりで静かにお話をなさる。
帝はすっかり弱気になっていらっしゃるの。
「私の命ももう短いのかもしれません。心細く、(みょう)な心地がするのです。不吉なことが立て続けに起きているせいでしょう。母君が生きておられたうちは言い出せなかったけれど、もう気楽な立場になりたいと思うのですよ。東宮(とうぐう)に帝の(くらい)(ゆず)ってしまおうかと」

源氏の君はあわてて、
「なんということをおっしゃいます。不吉なことが起こるのは、帝の政治のせいとは限りません。どれほど優れた帝の時代にだってありえることです。入道(にゅうどう)の宮様はともかく、太政(だいじょう)大臣(だいじん)様と兵部卿の宮様はご高齢でいらっしゃいました。お亡くなりになったのも不思議ではなく、不吉なこととお考えになる必要はございません」
とお教えになる。

帝はじっと源氏の君のお顔をご覧になる。
ご自分にそっくりなの。
これまでもそう感じていらっしゃったけれど、僧侶(そうりょ)の話をお聞きになって、
<実の親子だからこれほど似ていたのか。私が秘密を知ったということを、どうにかして源氏の君に伝えたいが>
とお思いになる。
でも、お若い帝は気まずくて、具体的におっしゃることはできない。
ただ政治のことばかりを、いつも以上に親しげにご相談なさる。
少し源氏の君に遠慮した口調(くちょう)でお話しになるので、
<どうなさったのだろう。何かおありだったのだろうか>
と源氏の君は不思議だけれど、まさか帝が何もかも知ってしまわれたとはお思いにならない。