入道の宮様のご法要がひと段落して世の中は少し落ち着いたけれど、帝は心細さが増していかれる。
源氏の君にしにくいご相談は、ある僧侶を頼って、いろいろとお話しになっていらっしゃるの。
その僧侶は、亡き宮様がずっと信頼していらっしゃった僧侶で、もう七十歳くらいになっている。
年をとってからはずっと郊外のお寺にいたけれど、宮様のお葬式のために都に出てきていた。
源氏の君もこの僧侶を信頼して、
「以前のようにおそば近くでお仕えなされませ」
とお勧めになったので、
「年寄りに夜間のお祈りはつろうございますが、お世話になった入道の宮様のためと思って務めさせていただきましょう」
と、お寺には戻らず、内裏でお役目をすることになったの。
夜のお祈りが終わって、静かな明け方。
帝の周りに他の人がいなくなったとき、僧侶はひとつ咳払いをしてから世間話をはじめた。
その終わりに、本当はこれが言いたかったのでしょうね、何やらふしぎな話をしたの。
「申し上げにくく、申し上げれば罪になるような気もいたしますが、どうしてもお伝えしなければならない秘密があるのでございます。それを帝がご存じないばかりに、近ごろ不吉なことがつぎつぎと起こっております。恐れ多くも帝の御身に何かあってからでは遅うございますし、僧侶である私が正直にならないのも悪いことでございますから」
というところまで申し上げて、その先は言えずにいる。
帝は、
＜いったい何だろう。僧侶といえども欲望を完全になくすのは難しいらしいから、何か私にねだりたいものでもあるのだろうか＞
と少し嫌な気がなさる。
「幼いころからそなたのことは信頼して心を開いてきた。そちらに隠し事があったとは恨めしい」
と、さりげないふうにおっしゃる。
「仏教に関することではございません。ましてや個人的な欲望でもございません。国家の一大事にかかわることでございます。亡き上皇様と入道の宮様、それから源氏の君に関することで、世間に知られてはならない秘密があるのです。この秘密は私の他にも知っている者がおりますから、妙なところから世間に洩れてしまう前に、私から帝にお伝えしたいのでございます」
ご両親と源氏の君のお名前が出て、帝はぞっとなさる。
僧侶はつづける。
「仏様から帝にお伝えせよというお告げがございましたので、恐れ多いことですが申し上げようと決心いたしました。亡き入道の宮様があなた様をご懐妊なさったときから、宮様はお腹のお子をご心配なさって、私にお祈りをお命じになったのでございます。『とにかく無事に生まれてくるように祈ってほしい』とだけおっしゃって、それ以上くわしいことはお話しになりませんでした。しかし、あなた様がお生まれになってしばらくして、源氏の君が須磨へ行かれると、宮様はこれまで以上に何かを恐れるようになられたのです。お子が無事にお育ちになるためのお祈りをお命じになりました。源氏の君も同じことをお命じなりましたから、何かご事情がおありでしょうかと宮様にお尋ねいたしましたら、ついにくわしいわけを私にお話しになったのでございます」
僧侶はすべてを告白した。
「あなた様の本当の父親は、亡き上皇様ではなく源氏の君でいらっしゃいます。つまり、本来は帝どころか東宮の位にもなってはならない方なのです。しかし宮様は、『神様のお怒りをしずめて、源氏の君と私の子を帝の位につけてほしい』とおっしゃいました。それで私は、あなた様が帝におなりになるまでお祈りをつづけていたのでございます」
帝は血の気が引いてしまわれる。
恐ろしくも悲しくも、さまざまにお心が乱れる。
帝からお返事がないので、僧侶は申し訳なくなって退出しようとした。
ようやくはっとした帝はそれを引きとめて、
「知らないままだったらとんでもないことになるところだった。どうせならもっと早く教えてほしかったが。このことは他に誰が知っているのだ」
とお尋ねになる。
「王命婦という亡き宮様の女房が知っております。他には誰も知らないはずでございます。秘密が秘密のまま保たれていて、帝がまだ何も苦しんでおられないから、神様がお怒りになっているのです。近ごろ不吉なことがつぎつぎと起きるのは、そのせいでございましょう。お小さいうちは神様も許していらっしゃいましたが、ここまでご成長なさった今は許せなくなられたのです。いっそ秘密のことなど忘れてしまおうと何度も思いましたが、帝が何もご存じないまま、不吉なことに巻き込まれてしまわれるのはあまりに恐れ多く、それで思い切って申し上げたのでございます」
と泣きながらお話しして、夜明けに退出していった。
源氏の君にしにくいご相談は、ある僧侶を頼って、いろいろとお話しになっていらっしゃるの。
その僧侶は、亡き宮様がずっと信頼していらっしゃった僧侶で、もう七十歳くらいになっている。
年をとってからはずっと郊外のお寺にいたけれど、宮様のお葬式のために都に出てきていた。
源氏の君もこの僧侶を信頼して、
「以前のようにおそば近くでお仕えなされませ」
とお勧めになったので、
「年寄りに夜間のお祈りはつろうございますが、お世話になった入道の宮様のためと思って務めさせていただきましょう」
と、お寺には戻らず、内裏でお役目をすることになったの。
夜のお祈りが終わって、静かな明け方。
帝の周りに他の人がいなくなったとき、僧侶はひとつ咳払いをしてから世間話をはじめた。
その終わりに、本当はこれが言いたかったのでしょうね、何やらふしぎな話をしたの。
「申し上げにくく、申し上げれば罪になるような気もいたしますが、どうしてもお伝えしなければならない秘密があるのでございます。それを帝がご存じないばかりに、近ごろ不吉なことがつぎつぎと起こっております。恐れ多くも帝の御身に何かあってからでは遅うございますし、僧侶である私が正直にならないのも悪いことでございますから」
というところまで申し上げて、その先は言えずにいる。
帝は、
＜いったい何だろう。僧侶といえども欲望を完全になくすのは難しいらしいから、何か私にねだりたいものでもあるのだろうか＞
と少し嫌な気がなさる。
「幼いころからそなたのことは信頼して心を開いてきた。そちらに隠し事があったとは恨めしい」
と、さりげないふうにおっしゃる。
「仏教に関することではございません。ましてや個人的な欲望でもございません。国家の一大事にかかわることでございます。亡き上皇様と入道の宮様、それから源氏の君に関することで、世間に知られてはならない秘密があるのです。この秘密は私の他にも知っている者がおりますから、妙なところから世間に洩れてしまう前に、私から帝にお伝えしたいのでございます」
ご両親と源氏の君のお名前が出て、帝はぞっとなさる。
僧侶はつづける。
「仏様から帝にお伝えせよというお告げがございましたので、恐れ多いことですが申し上げようと決心いたしました。亡き入道の宮様があなた様をご懐妊なさったときから、宮様はお腹のお子をご心配なさって、私にお祈りをお命じになったのでございます。『とにかく無事に生まれてくるように祈ってほしい』とだけおっしゃって、それ以上くわしいことはお話しになりませんでした。しかし、あなた様がお生まれになってしばらくして、源氏の君が須磨へ行かれると、宮様はこれまで以上に何かを恐れるようになられたのです。お子が無事にお育ちになるためのお祈りをお命じになりました。源氏の君も同じことをお命じなりましたから、何かご事情がおありでしょうかと宮様にお尋ねいたしましたら、ついにくわしいわけを私にお話しになったのでございます」
僧侶はすべてを告白した。
「あなた様の本当の父親は、亡き上皇様ではなく源氏の君でいらっしゃいます。つまり、本来は帝どころか東宮の位にもなってはならない方なのです。しかし宮様は、『神様のお怒りをしずめて、源氏の君と私の子を帝の位につけてほしい』とおっしゃいました。それで私は、あなた様が帝におなりになるまでお祈りをつづけていたのでございます」
帝は血の気が引いてしまわれる。
恐ろしくも悲しくも、さまざまにお心が乱れる。
帝からお返事がないので、僧侶は申し訳なくなって退出しようとした。
ようやくはっとした帝はそれを引きとめて、
「知らないままだったらとんでもないことになるところだった。どうせならもっと早く教えてほしかったが。このことは他に誰が知っているのだ」
とお尋ねになる。
「王命婦という亡き宮様の女房が知っております。他には誰も知らないはずでございます。秘密が秘密のまま保たれていて、帝がまだ何も苦しんでおられないから、神様がお怒りになっているのです。近ごろ不吉なことがつぎつぎと起きるのは、そのせいでございましょう。お小さいうちは神様も許していらっしゃいましたが、ここまでご成長なさった今は許せなくなられたのです。いっそ秘密のことなど忘れてしまおうと何度も思いましたが、帝が何もご存じないまま、不吉なことに巻き込まれてしまわれるのはあまりに恐れ多く、それで思い切って申し上げたのでございます」
と泣きながらお話しして、夜明けに退出していった。
