野いちご源氏物語 一八 松風(まつかぜ)

船は思いどおりの風に押されて岸に着き、ご一行(いっこう)は予定どおり大堰(おおい)(がわ)の別荘にお入りになった。
風情(ふぜい)のあるお屋敷で、近くの大堰川が明石(あかし)の海辺を思わせるから、安心しておられるご様子だったわ。
尼君(あまぎみ)祖父君(そふぎみ)の別荘だったから、尼君は昔を思い出してなつかしくなっていらっしゃった。

修理された渡り廊下は、他に合わせて由緒(ゆいしょ)あるようにつくられている。
お庭の人工の小川も雰囲気よく整えてあった。
まだ手を加えられそうなところはあるけれど、十分お住まいになれるお屋敷よ。
源氏(げんじ)(きみ)は親しい家来に命じて、引越し祝いのお酒やお料理をお届けになる。
ご自分でお越しになるのは難しいの。
(むらさき)(うえ)に何と言って出かけたらよいだろうか>
とお悩みになって、何日も経ってしまった。

明石の君は、
中途(ちゅうと)半端(はんぱ)に都に出てきてしまったために、ご訪問がないことがよけいにつらい。明石の家が恋しい>
と悩みこんでしまわれる。
源氏の君が明石を去るときに残していかれた(きん)を、明石の君は今も大切にしていらっしゃるの。
それを取りだされる。
誰にも聞こえない山里(やまざと)だから、気を(つか)わずにお弾きになっていると、琴の()松風(まつかぜ)が美しすぎるほど響きあった。

尼君は悲しそうに物に寄りかかっていらっしゃったけれど、起き上がっておっしゃる。
「夫を置いて、こんな(あま)姿(すがた)で帰ってきたこの山里にも、明石と同じように松風が吹くのですね」
明石の君は、
「私の田舎(いなか)くさい音色では、都のどなたにも響きませんでしょうが」
と、ぼんやりとお答えになる。
こんなふうに、毎日(さび)しそうにお暮らしになっていたわ。