野いちご源氏物語 一八 松風(まつかぜ)

入道(にゅうどう)は思い出話を始めた。
「都でそこそこの出世をしたところで、子どもに贅沢(ぜいたく)な教育はできないものなのだ。都暮らしをあきらめて地方長官として田舎(いなか)へ行けば、都にいたころよりも余裕ができる。私がこの明石(あかし)へ来たのもそれが理由で、『これで思いどおりに娘のお世話ができる。この子の将来を輝かしいものにしてみせる』と思ったのだよ。

ただ、地方長官も楽な仕事ではなくてね。少なくとも私には向いていなかった。都に戻ることも考えたが、一度地方長官に落ちぶれた者は、もう出世競争には戻れないのだ。都の家が荒れていっても修理することさえままならないだろう。『(おろ)かな選択をしたものだ』と、かつての競争相手に見下され、立派だった親の名に(どろ)()ることになる。

播磨(はりまの)(くに)の地方長官の任期(にんき)が終わったあと、私は結局都には戻らず、明石で出家(しゅっけ)する道を選んだ。『都から出ていった時点(じてん)で、まぁそうなるだろうと想像できたが』と笑われていたようだが、出家自体(じたい)は立派な行為だと自信をもっていた。ところが、そなたが成長するにつれて、そなたを田舎に()もれさせておくことが()しくなったのだ。こんなに立派な娘をどうして貴族社会に出せないのかと、悩み(なげ)いてね。もう神仏(しんぶつ)に祈るしかなかった。私のような人生を送らせたくはないと、それだけを念じていたら、思いもかけず源氏(げんじ)(きみ)とご(えん)があったのだ。

はじめはこちらの身分の低さをつらく思うこともあったが、姫がお生まれになって風向きが変わった。この姫は田舎でお育ちになってよいお方ではない。お会いできなくなることは苦しいが、私は世間を捨てて出家した身。それに比べて、娘と姫はこれから世間を照らす光である。そなたが私のような者のところに生まれていらっしゃったのが、そもそも何かの間違いだったのだ。そう思えば、これが永遠の別れであっても何もおかしくない。

私が死んだとお聞きになっても、葬式(そうしき)などなさるな。そのようなことに気をとられてはなりませぬ。私は死ぬその日まで姫のご出世を祈りましょう。(ほとけ)様に(しか)られるだろうが、意地(いじ)(きたな)く祈りつづけましょうぞ」

そう言うと、入道は泣きくずれてしまった。