野いちご源氏物語 一八 松風(まつかぜ)

季節は秋だったから、よりいっそう(もの)(さび)しい。
いよいよ出発の日、夜明けまではまだ()があるけれど、明石(あかし)(きみ)は眠れずに海の方を見て座っていらっしゃった。
秋風が涼しく吹いて、虫の()が美しく響く。

父の入道(にゅうどう)も眠れないようで、いつもより早く起きてお(きょう)を読みはじめた。
母君(ははぎみ)も起きていらっしゃったわ。
出家(しゅっけ)して(あま)になっておられる。
都へ(のぼ)るおめでたい日なのだから、どなたも涙はこらえようとなさっているの。
でも、こんなときに我慢(がまん)なんてできるはずがない。

姫君(ひめぎみ)はそれはそれはおかわいらしくて、入道は宝石のように大切にしていた。
姫君の方も祖父の入道になついていらっしゃった。
<出家した身で、孫が愛しいだの離れたくないだの、そんなことを考えてはならぬ。だがしかし、あのかわいらしい姫がいなくなってしまったら、私はこの先どうやって生きていけようか>
不吉(ふきつ)なほど泣いている。

「娘と姫の幸せを祈らねばならないというのに、年寄りの涙が止まらないとは」
(そで)で顔を隠す。
尼君(あまぎみ)は、
「あなたを信じて一緒に都から出てまいりましたのに、あなたを置いて都へ戻らなければならないのですね」
とお泣きになる。
<明石で夫と暮らした年月は長く、都にいたころほどの華やかさはなくとも、落ち着いた人生を歩んできた。それが突然、源氏(げんじ)(きみ)という頼りになるかどうかはっきりしない方を頼って、捨てたはずの都に戻らなければならない。なんとも悲しいことだ>
とお思いになる。

明石の君は、
「どれほど続くか分からない命をあてにして、いつかまたお会いできると信じるしかないのでしょうね。せめて都まで送ってくださいませんか」
と父の入道にお願いなさるけれど、出家した人がそんなことをするのは縁起(えんぎ)が悪いの。
入道はそう言って断るけれど、やはり心配はしている。