野いちご源氏物語 一八 松風(まつかぜ)

源氏(げんじ)(きみ)は親しい家来にお命じになって、明石(あかし)(きみ)をこっそりお迎えにいかせなさった。
大堰(おおい)(がわ)の別荘には、明石の君と姫君(ひめぎみ)、それに明石の君の母君(ははぎみ)が引っ越されるの。
明石の君は、
<いよいよこの海辺ともお別れだ。おひとりで残る父君(ちちぎみ)は、さぞや心細くていらっしゃるだろう。どうしてこのような悩み事がつづく身になってしまったのか。いっそ源氏の君のご愛情などいただかなければよかった>
と思い乱れてしまわれる。

入道(にゅうどう)は、
<源氏の君からお迎えが来て娘が都に(のぼ)るとは、なんという幸運だろう。ついに長年の夢が(かな)うのだ。しかし、家族と別れ、姫に会えなくなってしまうことはあまりに悲しい>
と苦しんでいる。
明石の君の母君も、夫と離れることをつらく思っていらっしゃった。
<変わり者の夫ではあるし、仏教(ぶっきょう)修行(しゅぎょう)でお堂に()()まりして留守がちだったけれど、それでも死ぬまでこの明石で一緒に暮らすつもりだったのに。こんなに突然離れ離れになるなんて>
と心細そうにしておられる。

母君が明石の君のために都から呼び寄せなさった若い女房(にょうぼう)たちは、都に戻れることをうれしく思っている。
でも、
<もうここに戻ってくることはないのかしら>
と、美しい海辺の景色を見て涙ぐんでもいるの。