明石の君には頻繁にお手紙を送っていらっしゃった。
「姫と一緒に東の院にいらっしゃい」とお誘いになるのだけれど、女君は気が引けてしまわれる。
<源氏の君の周りには、ご身分の高い恋人たちがたくさんいらっしゃる。そういう方たちでさえ、源氏の君のご愛情が頼りなくて悩んでおられるというではないか。たいして大切にもされていない私が、どのような顔でそのなかに入っていけるだろう。『姫君を連れてきたとかいう女は、たかが地方長官の娘か』と馬鹿にされ、姫の恥になるだけだ。明石にいれば源氏の君のお越しがなくても当然だけれど、東の院にいるのにめったにお訪ねくださらないとなれば、私は笑い者になるだろう。でも、このまま姫が明石に留まって、源氏の君の姫として十分な扱いを受けられないのは気の毒だ>
とお悩みになって、お誘いをきっぱり断ることはなさらない。
明石の君の両親も悩んでいたわ。
明石の君の母は、実は祖父が皇族でいらっしゃった。
その祖父君が都の郊外の嵯峨というあたりに別荘をお持ちだったのだけれど、お亡くなりになった後は、特に誰にも使われていなかったの。
最低限の管理だけをさせている者を都から呼んで、父の入道が相談する。
「私は都での出世をあきらめてこのような田舎に引っこんだのだが、娘の身に思いがけないことが起きて、もう一度都に屋敷が必要になった。ただ、急に都の中心に出ていくのは気恥ずかしいから、田舎者に似合った静かなところはないかと探していたところ、そなたが管理している宮様の別荘を思い出したのだ。必要な資材はいくらでも送るから、修理などをして人が住めるように整えてくれないか」
管理人はうろたえて答える。
「別荘のあたりは近ごろは騒がしゅうございますよ。源氏の君が近くにお寺を建設しておられますから、大勢の大工や職人が出入りしております。静かなところというご希望には合いませんでしょう」
入道は退かない。
「その源氏の君に関係があって娘を移したいのだ。近い方が都合がよい。内装などはあとでなんとでもなるから、建物だけすぐに修理してほしい」
と言うと、管理人はおずおずと話しはじめた。
「亡き宮様の所有地ということは重々承知しておりますが、特に相続した方もいらっしゃらないようでしたので、実は長年、別荘に付属する田畑を私が使わせていただいておるのです。もちろん、宮様のご子息にお願い申し上げて、使用料をお支払いした上で権利をいただいたのでございます。入道様が別荘をお使いになるということは、その権利を取り上げられてしまうということでしょうか」
田畑からはそれなりに利益が出ているらしく、その心配をしているのね。
髭がもじゃもじゃに生えた顔を赤くして、必死なの。
「いやいや、田畑のことなど気にしておらぬ。今のままそなたが使えばよい。一応私の妻が相続したことになっていて権利書もあるけれど、私は出家した身だし、長年放置していたのだから文句は言わぬ。何しろ源氏の君のご命令だから、急いで引っ越しさせなければならないのだ。田畑を使用する権利については、近いうちにきちんと書面にしよう」
と、入道は源氏の君のお名前を繰り返し出した。
管理人は恐くなって、たくさんのご褒美を受けとると慌てて都に戻っていったわ。
「姫と一緒に東の院にいらっしゃい」とお誘いになるのだけれど、女君は気が引けてしまわれる。
<源氏の君の周りには、ご身分の高い恋人たちがたくさんいらっしゃる。そういう方たちでさえ、源氏の君のご愛情が頼りなくて悩んでおられるというではないか。たいして大切にもされていない私が、どのような顔でそのなかに入っていけるだろう。『姫君を連れてきたとかいう女は、たかが地方長官の娘か』と馬鹿にされ、姫の恥になるだけだ。明石にいれば源氏の君のお越しがなくても当然だけれど、東の院にいるのにめったにお訪ねくださらないとなれば、私は笑い者になるだろう。でも、このまま姫が明石に留まって、源氏の君の姫として十分な扱いを受けられないのは気の毒だ>
とお悩みになって、お誘いをきっぱり断ることはなさらない。
明石の君の両親も悩んでいたわ。
明石の君の母は、実は祖父が皇族でいらっしゃった。
その祖父君が都の郊外の嵯峨というあたりに別荘をお持ちだったのだけれど、お亡くなりになった後は、特に誰にも使われていなかったの。
最低限の管理だけをさせている者を都から呼んで、父の入道が相談する。
「私は都での出世をあきらめてこのような田舎に引っこんだのだが、娘の身に思いがけないことが起きて、もう一度都に屋敷が必要になった。ただ、急に都の中心に出ていくのは気恥ずかしいから、田舎者に似合った静かなところはないかと探していたところ、そなたが管理している宮様の別荘を思い出したのだ。必要な資材はいくらでも送るから、修理などをして人が住めるように整えてくれないか」
管理人はうろたえて答える。
「別荘のあたりは近ごろは騒がしゅうございますよ。源氏の君が近くにお寺を建設しておられますから、大勢の大工や職人が出入りしております。静かなところというご希望には合いませんでしょう」
入道は退かない。
「その源氏の君に関係があって娘を移したいのだ。近い方が都合がよい。内装などはあとでなんとでもなるから、建物だけすぐに修理してほしい」
と言うと、管理人はおずおずと話しはじめた。
「亡き宮様の所有地ということは重々承知しておりますが、特に相続した方もいらっしゃらないようでしたので、実は長年、別荘に付属する田畑を私が使わせていただいておるのです。もちろん、宮様のご子息にお願い申し上げて、使用料をお支払いした上で権利をいただいたのでございます。入道様が別荘をお使いになるということは、その権利を取り上げられてしまうということでしょうか」
田畑からはそれなりに利益が出ているらしく、その心配をしているのね。
髭がもじゃもじゃに生えた顔を赤くして、必死なの。
「いやいや、田畑のことなど気にしておらぬ。今のままそなたが使えばよい。一応私の妻が相続したことになっていて権利書もあるけれど、私は出家した身だし、長年放置していたのだから文句は言わぬ。何しろ源氏の君のご命令だから、急いで引っ越しさせなければならないのだ。田畑を使用する権利については、近いうちにきちんと書面にしよう」
と、入道は源氏の君のお名前を繰り返し出した。
管理人は恐くなって、たくさんのご褒美を受けとると慌てて都に戻っていったわ。



