野いちご源氏物語 一八 松風(まつかぜ)

その夜は内裏(だいり)でお()まりになるべきだったけれど、(むらさき)(うえ)のご機嫌をとるため、源氏(げんじ)(きみ)()()けに二条(にじょう)(いん)へお戻りになった。
ちょうどそこへ、明石(あかし)(きみ)からのお返事が届いたの。
隠すこともできず、紫の上の前でお読みになる。
無難(ぶなん)な内容のお手紙だったので、源氏の君は広げたままその場にお置きになった。

「破り捨てておいてくれますか。もう女性からの手紙に浮かれていられるような身分ではないから」
と言って、ひじ置きに寄りかかっておられる。
「読んでもかまいませんよ、どうでもいい手紙だから」という雰囲気を出しておられるけれど、内心では明石の君が恋しくてたまらなくなっていらっしゃるの。
(あか)りをぼんやり見つめて、黙りこんでいらっしゃった。

そんなふうに言われて、すぐにお手に取る紫の上ではない。
お手紙の方をご覧にならず我慢(がまん)しておいでなので、
「気になっていらっしゃるのでしょう。お顔に書いてある」
と源氏の君はからかうようにおっしゃる。
こういうときの源氏の君のほほえみは、いつも以上に魅力的なのよね。

源氏の君はそっと女君(おんなぎみ)にお近づきになる。
「実はね、少し困っていることがあるのです。あちらにかわいらしい子がいましてね、将来が楽しみな子に見えるのですが、どうにも母親の身分が低すぎる」
さらにお顔を近づけて、耳元で優しくおっしゃる。
「私の身になったつもりで考えてみてください。どうしたらよいだろうか」
女君は目をおつむりになった。
小さなため息がもれるけれど、源氏の君はお気づきにならない。
「ここで育ててくださいませんか。かわいい(さか)りで、()邪気(じゃき)にしているのを見ると、とても捨てられないのです。姫を世間に公表する袴着(はかまぎ)の儀式で、あなたに(こし)ひもを結ぶ役をお願いしたい。もちろん、あなたがお嫌でなければ、ですが」

女君は精一杯ほほえまれる。
「ずっと言い出せずにいらっしゃったのですか。あなたはいつもそう。私が嫉妬(しっと)すると思っておいでだったのでしょう。こうやって何でも話してくだされば、私だって素直になりますのに。そのくらいのお年の姫は、どんなにおかわいらしいでしょう。私は気が合うと思いますよ。まだまだ子どもの心が残っておりますから」
たまに誰かが小さい子どもをお目にかけると、ついあやしたくなってしまわれるご性格なので、
<明石の姫君のこともきっとかわいがってさしあげられる>
と思っておられる。