源氏の君は重いご身分にふさわしく、堂々としたご態度で別荘を出ていかれた。
乗り物には将来有望な若い貴族が同乗する。
「軽率なふるまいだと思っているだろう。よくもまぁ見つけてくれたものだな」
と恨み言をおっしゃった。
若い貴族は、
「本当は昨日の美しい月夜をご一緒しとうございました。桂の別荘でお待ち申し上げておりましたのに。今日こそはと思って、朝霧のなかを急いで参上したのですよ」
と申し上げて、上機嫌であれこれ世間話をしていたわ。
「こうなったからには桂の別荘へ行くしかあるまい」
と、結局予定どおり行かれることになった。
桂の別荘の管理人は、源氏の君はもういらっしゃらないだろうと気を抜いていたの。
あわてておもてなしの準備をした。
にぎやかな宴会が始まって、中国の詩などを作って披露しあう。
月光が華やかに差しこんできた。
音楽会をしようということになって、それぞれ得意な楽器を演奏する。
今日の雰囲気に合った音色を奏であっていると、川の上を通る風音がそれに合わさって聞こえる。
月が高く上ったころ、都から上流貴族が四、五人いらっしゃった。
「私どもは内裏の音楽会に参加しておりましたが、帝が『源氏の君はどこだ』と仰せになりまして。『今夜は内裏に上がっているはずなのに、どうして来ないのだ』とご不満でいらっしゃいましたので、あちこち聞いて回ってこちらへ参上したのでございます」
とおっしゃって、帝からのご伝言を申し上げる。
「桂で見る月はさぞ美しいだろう。楽しそうでうらやましい」
というようなご伝言だったわ。
源氏の君は、
「本来なら内裏に上がるべき日でしたのに、このようなところにおります上に、わざわざお使者までお遣わしくださり誠に恐れ多いことでございます」
とお返事なさった。
とはいえ、桂という場所の雰囲気が加わったこちらの音楽会は、内裏の音楽会よりも楽器の音色がおもしろいような感じがなさるの。
上機嫌でお酔いになっていたわ。
ただ、桂の別荘には帝からのお使者に渡せそうなご褒美がない。
女性用の着物がふさわしいのだけれど、まだ建設中の別荘だから、そこまでそろってはいないの。
それで、源氏の君は明石の君のところへ家来を派遣なさる。
「褒美として与えられそうな着物はありませんか。あまりおおげさな品ではない方がよいのですが」
と家来がご伝言をお伝えすると、明石の君は取り急ぎそれらしい着物を差し出された。
お使者の分と、集まってきた貴族たちの分もありそうなほどたくさんよ。
家来はすぐに桂の別荘に戻っていった。
源氏の君はお使者にご褒美を与えながら、帝へのご伝言をなさる。
「桂は月が美しく見えると思っておりましたが、一日中霧が濃くてもどかしゅうございます。恐れ多いことですが、帝がお越しくださいましたなら、この霧もさぁっと晴れることと存じます」
帝が内裏から外出なさるのは、よほど特別なときだけ。
お出かけ先に選ばれるのはとても名誉なことなの。
源氏の君はその名誉がほしいとおっしゃっている。
<明石で見た月を思い出す。淡路島の上にはかなく浮かんでいたのだった>
と、つい酔ってお泣きになる。
「月も私もめぐりめぐってここに来合わせた。今夜の冴えた月は手にとれそうなほどだ。あれがかつて、淡路島の上に頼りなく見えた月と同じなのだろうか」
としみじみおっしゃる。
乗り物に同乗していた若い貴族たちがお返事をする。
「雲が月を隠すように、源氏の君もほんの一時おつらい時代を過ごされましたが、もう都に戻っていらっしゃったのですから、この先は何のご心配もいりませんでしょう。きっとお幸せなことばかりでございます」
「隠れてしまった月と申しますと、私は亡き上皇様が思い出されてなりません。まだまだお元気でいていただきとうございました」
この人は少し年上で、亡き上皇様にかわいがられていた人なの。
それから口々に思い出話が始まったわ。
どなたもしんみりとしたお話をなさるから、源氏の君は酔ったお心で、
<ずっとこのまま昔話をしているのもよいかもしれない>
とお思いになる。
でもね、紫の上が「長いご滞在になりそうですね」と疑っていらっしゃったのだもの。
<いやいや、今日こそ二条の院に帰らなければ>
と、名残惜しいお気持ちをお捨てになる。
集まってきていた人たちにご褒美をお与えになって、にぎやかにご出発なさった。
その騒ぎが明石の君のところまで聞こえてきて、
<あぁ、行ってしまわれる>
と悲しくお思いになる。
源氏の君も、
<最後に手紙を送ればよかった>
と気にかかっているご様子だったわ。
乗り物には将来有望な若い貴族が同乗する。
「軽率なふるまいだと思っているだろう。よくもまぁ見つけてくれたものだな」
と恨み言をおっしゃった。
若い貴族は、
「本当は昨日の美しい月夜をご一緒しとうございました。桂の別荘でお待ち申し上げておりましたのに。今日こそはと思って、朝霧のなかを急いで参上したのですよ」
と申し上げて、上機嫌であれこれ世間話をしていたわ。
「こうなったからには桂の別荘へ行くしかあるまい」
と、結局予定どおり行かれることになった。
桂の別荘の管理人は、源氏の君はもういらっしゃらないだろうと気を抜いていたの。
あわてておもてなしの準備をした。
にぎやかな宴会が始まって、中国の詩などを作って披露しあう。
月光が華やかに差しこんできた。
音楽会をしようということになって、それぞれ得意な楽器を演奏する。
今日の雰囲気に合った音色を奏であっていると、川の上を通る風音がそれに合わさって聞こえる。
月が高く上ったころ、都から上流貴族が四、五人いらっしゃった。
「私どもは内裏の音楽会に参加しておりましたが、帝が『源氏の君はどこだ』と仰せになりまして。『今夜は内裏に上がっているはずなのに、どうして来ないのだ』とご不満でいらっしゃいましたので、あちこち聞いて回ってこちらへ参上したのでございます」
とおっしゃって、帝からのご伝言を申し上げる。
「桂で見る月はさぞ美しいだろう。楽しそうでうらやましい」
というようなご伝言だったわ。
源氏の君は、
「本来なら内裏に上がるべき日でしたのに、このようなところにおります上に、わざわざお使者までお遣わしくださり誠に恐れ多いことでございます」
とお返事なさった。
とはいえ、桂という場所の雰囲気が加わったこちらの音楽会は、内裏の音楽会よりも楽器の音色がおもしろいような感じがなさるの。
上機嫌でお酔いになっていたわ。
ただ、桂の別荘には帝からのお使者に渡せそうなご褒美がない。
女性用の着物がふさわしいのだけれど、まだ建設中の別荘だから、そこまでそろってはいないの。
それで、源氏の君は明石の君のところへ家来を派遣なさる。
「褒美として与えられそうな着物はありませんか。あまりおおげさな品ではない方がよいのですが」
と家来がご伝言をお伝えすると、明石の君は取り急ぎそれらしい着物を差し出された。
お使者の分と、集まってきた貴族たちの分もありそうなほどたくさんよ。
家来はすぐに桂の別荘に戻っていった。
源氏の君はお使者にご褒美を与えながら、帝へのご伝言をなさる。
「桂は月が美しく見えると思っておりましたが、一日中霧が濃くてもどかしゅうございます。恐れ多いことですが、帝がお越しくださいましたなら、この霧もさぁっと晴れることと存じます」
帝が内裏から外出なさるのは、よほど特別なときだけ。
お出かけ先に選ばれるのはとても名誉なことなの。
源氏の君はその名誉がほしいとおっしゃっている。
<明石で見た月を思い出す。淡路島の上にはかなく浮かんでいたのだった>
と、つい酔ってお泣きになる。
「月も私もめぐりめぐってここに来合わせた。今夜の冴えた月は手にとれそうなほどだ。あれがかつて、淡路島の上に頼りなく見えた月と同じなのだろうか」
としみじみおっしゃる。
乗り物に同乗していた若い貴族たちがお返事をする。
「雲が月を隠すように、源氏の君もほんの一時おつらい時代を過ごされましたが、もう都に戻っていらっしゃったのですから、この先は何のご心配もいりませんでしょう。きっとお幸せなことばかりでございます」
「隠れてしまった月と申しますと、私は亡き上皇様が思い出されてなりません。まだまだお元気でいていただきとうございました」
この人は少し年上で、亡き上皇様にかわいがられていた人なの。
それから口々に思い出話が始まったわ。
どなたもしんみりとしたお話をなさるから、源氏の君は酔ったお心で、
<ずっとこのまま昔話をしているのもよいかもしれない>
とお思いになる。
でもね、紫の上が「長いご滞在になりそうですね」と疑っていらっしゃったのだもの。
<いやいや、今日こそ二条の院に帰らなければ>
と、名残惜しいお気持ちをお捨てになる。
集まってきていた人たちにご褒美をお与えになって、にぎやかにご出発なさった。
その騒ぎが明石の君のところまで聞こえてきて、
<あぁ、行ってしまわれる>
と悲しくお思いになる。
源氏の君も、
<最後に手紙を送ればよかった>
と気にかかっているご様子だったわ。



