野いちご源氏物語 一七 絵合(えあわせ)

いよいよ絵合(えあわせ)の日。
急なことだったけれど、さすが内裏(だいり)女房(にょうぼう)たちはこういう支度(したく)が得意ね。
普段は女房たちの控室(ひかえしつ)になっている部屋を、会場として趣味よく整えていた。
(みかど)のお席の左右に、左方(ひだりかた)右方(みぎかた)の女房が分かれて座っている。
観客の貴族たちも、それぞれ応援する方に分かれて、近くの部屋で見ているの。

帝の御前(ごぜん)での勝負だから、左方も右方も完璧に用意をしていたわ。
絵を入れる箱、その箱を()せる机、机の下の敷物(しきもの)、机の上の()(ぬの)、どれもこれも贅沢(ぜいたく)で美しい。
絵を運ぶ女童(めのわらわ)の衣装も、それぞれおそろいにしてあってかわいらしいのよ。
全体的に左方は伝統的で格式高く、右方は現代風で華やかな雰囲気ね。

帝からお()しがあって、源氏(げんじ)(きみ)(ごんの)中納言(ちゅうなごん)様がいらっしゃった。
源氏の君の弟宮(おとうとみや)でいらっしゃる(そち)(みや)様もご出席なさったわ。
この宮様は風流好みの方で、特に絵がお好きだから、今日の審判をなさるの。
もうこれ以上は(えが)けないというほどの、すばらしい作品が集まったわ。
帥の宮様でもなかなか判定(はんてい)は難しい。
奥のお部屋に入道(にゅうどう)(みや)様がいらっしゃっている。
こちらも絵にお詳しい方だから、帥の宮様が判定をお迷いのときには的確な助言をなさるの。

同点のまま夜になった。
最後の作品で勝負が決まるわ。
斎宮(さいぐう)女御(にょうご)様の左方は、源氏の君が須磨(すま)でお()きになった絵をお出しになったの。
絵のお得意な源氏の君が、思いのたけを静かに(えが)ききった風景画よ。
権中納言様ははっとなさった。
もちろん右方も、最後にはとっておきの作品を残していらっしゃったけれど、こんな作品が相手では勝ち目はない。

どなたも涙をこぼされる。
源氏の君が須磨へ行かれたとき、内心(ないしん)では皆様悲しんでいらっしゃったの。
そのときの気持ちがよみがえって、
<あぁ、このようなところで源氏の君はお過ごしだったのか>
とお思いになる。
ところどころに切ない和歌も書きこまれていて、見る人の感情を()さぶっていく。
結局、この源氏の君の絵がすべてをかっさらってしまって、文句なしで左方の勝ちに決まった。