野いちご源氏物語 一七 絵合(えあわせ)

一戦(いっせん)()の勝負はつかないまま、二戦(にせん)()が始まる。
今度は、左方(ひだりかた)が『伊勢(いせ)物語』、右方(みぎかた)が『正三位(しょうさんみ)物語』。
これもまた難しい勝負ね。
右方の絵の方がにぎやかでおもしろそうだけれど、左方の女房(にょうぼう)だって負けてはいない。
「伊勢物語など古くさいと思われるかもしれませんが、伊勢の海以上に奥深い物語でございますよ。その奥深さを知ろうともしないで、切り捨ててしまってよいものでしょうか。業平(なりひら)の恋は、そちらで(えが)かれるありきたりな恋とは(かく)が違います」
と言う。

右方の女房は、
「正三位物語の女主人公は、父親の身分が低いにもかかわらず、女御(にょうご)(くらい)にまで(のぼ)りつめたのです。海の底なんてはるか下でございますこと」
と皮肉で返した。
なかなか決着がつきそうにないので、今回は入道(にゅうどう)(みや)様がお決めになる。
「右方の女主人公の気高(けだか)さも捨てがたいけれど、やはり在原(ありわらの)業平(なりひら)をおとしめることはできないでしょうね。古めかしく思われるのは、それだけ長く読まれてきたということだから」
こういう女性同士の論じ合いが続いて、やたらと時間がかかるわりに決着がつかないことも多いの。