野いちご源氏物語 一七 絵合(えあわせ)

弘徽殿(こきでん)女御(にょうご)様と斎宮(さいぐう)女御(にょうご)様を、(みかど)は同じくらい大切にしていらっしゃる。
でもそれでは(ごんの)中納言(ちゅうなごん)様も源氏(げんじ)(きみ)も満足なさらない。

帝は絵が大好きでいらっしゃるの。
ご覧になるだけではなくて、ご自分でもとてもお上手にお()きになるのよ。
斎宮の女御様も絵がお上手だから、最近では弘徽殿よりも、斎宮の女御様のお部屋、梅壺(うめつぼ)にお越しになることが多い。
おふたりで仲良く絵をお()きになる。
美しい斎宮の女御様が、おっとりと筆を動かされるご様子に、
<すばらしい仲間ができた>
とお思いになったのかしら、とてもうれしそうでいらっしゃる。

そんなわけで、だんだん帝のお気持ちが斎宮の女御様に(かたむ)いていった。
でも、弘徽殿の女御様の父君(ちちぎみ)である権中納言様は、()()で現代的なお考えだから、
<私や私の姫が負けるはずがない>
とお思いになるの。
優れた絵師(えし)を集め、これ以上ないほど美しい絵を、これ以上ないほど立派な紙に(えが)かせなさったわ。
「やはり物語の絵が一番だろう。見どころがあって、人を感動させやすい」
とお命じになって、感動的な物語の、よい場面ばかりを選んでお()かせにになる。
春夏秋冬のありきたりな絵も、めずらしい文章を組み合わせて、新鮮な絵になさった。

それらを姫君のところにお届けになったので、帝は頻繁(ひんぱん)に弘徽殿にいらっしゃるようになった。
権中納言様はわざと()()しみして、少しずつしか帝にお見せにならない。
「斎宮の女御にも見せたいのだ。しばらく貸してくれぬか」
(おお)せになっても、もちろんお許しにならないの。

源氏の君はそれをお聞きになって、
<権中納言はいくつになっても気持ちが若いな>
と苦笑いなさる。
「権中納言が絵を出し惜しみして、帝にお見せしないと聞きました。あきれたことです。私もいくつか古い絵を持っておりますから、それをご覧に入れましょう」
と帝にお約束なさった。

二条(にじょう)(いん)にお戻りになると、絵がたくさんしまってある(たな)(とびら)(ひら)いてごらんになる。
(むらさき)(うえ)とご一緒に、
「現代的なものがよいだろうか。これなど」
とご相談なさって、帝にお届けする絵をお決めになるの。
有名で美しい絵でも、男女の悲劇(ひげき)のものは避けて選んでいかれる。
須磨(すま)明石(あかし)で源氏の君がお()きになった絵も取り出して、紫の上にお見せになった。
おふたりはあのころを思い出して悲しくなってしまわれる。

紫の上が、
「どうして今まで見せてくださらなかったのですか。このようなところでお暮らしだったのですね。都にひとり残されるより、私もこの景色をご一緒に見て、お苦しみを分かち合いとうございました」
とおっしゃると、源氏の君は、
「あのころも十分悲しかったけれど、今あらためて見ると、また違う涙があふれますね」
とおなぐさめになったわ。

源氏の君が須磨へ行かれたのは、当時の右大臣(うだいじん)様と皇太后(こうたいごう)様から、東宮(とうぐう)時代の帝をお守りするため。
右大臣様と皇太后様は、源氏の君や入道(にゅうどう)(みや)様を嫌って、(あら)探しをしておられた。
あのまま源氏の君が政治の世界に(とど)まりつづけたら、いつか東宮様がおふたりの秘密のお子だと知られてしまうかもしれない。
それを避けるために源氏の君はご自分から都を離れる決意をなさったの。

<須磨行きの本当の理由をご存じなのは入道の宮様だけだ。須磨や明石で()いた絵は、宮様にこそご覧いただきたい>
と思っておられたから、これまで紫の上にお見せにならなかったのかもしれないわね。
須磨や明石の絵も、帝に差し上げる絵の箱のなかに、そっとお入れになったわ。

源氏の君が絵を集めていらっしゃるとお聞きになって、権中納言様も美しい絵を制作なさる。ちょうど内裏(だいり)でも特に行事がなくて、春ののどかなころだったの。
弘徽殿(こきでん)にも梅壺(うめつぼ)にもたくさんのすばらしい絵が集まったから、帝はもちろん、女房(にょうぼう)たちまで夢中になっている。