野いちご源氏物語 一七 絵合(えあわせ)

皆様が源氏(げんじ)(きみ)の絵に感動し、感想をさまざまに語り合う。
そうしている間にすっかり夜明けが近づいていた。
源氏の君と(そち)(みや)様は、ご兄弟でお酒を召し上がりながらお話をされる。
源氏の君は、ご自分の絵が想像以上に高く評価されたので、少し気恥ずかしくなりながらおっしゃった。
「幼いころ学問に熱心に取り組んでおりますと、亡き上皇(じょうこう)様はそれをお嫌がりになりました。『そなたはそれなりにできそうだが、学問ができる者はなぜか幸せになりにくく、若死(わかじ)にすることも多い。皇子(みこ)として生まれたのだから、学問などできなくても生きていける。あまり夢中にならず、学問よりも芸術を学ぶ方ががよい』と(おお)せになりましてね。芸術は何を習ってもそこそこにしか上達いたしませんでしたが、絵だけは好きだったのですよ。
須磨(すま)明石(あかし)で本物の海を間近(まぢか)に見られたことは不幸中の幸いでした。最高の手本が目の前にあって、絵を()(ひま)も十分にございましたから、私としてはかなり上達したと思っているのです。しかしそれでも、思いどおりに(えが)ききることはできません。誰に見せるつもりでもなかった作品ですのに、まさか(みかど)にまでご覧いただくことになろうとは。恥ずかしげもなく公開してしまって、この先笑い者にならないか心配です」

帥の宮様は、
「たいていの芸術は師匠(ししょう)のまねをしていれば、まぁなんとなく身につけたように見えるものですが、私が思いますに書道と絵と囲碁(いご)だけは、生まれつきの才能が必要でございますよ。だからこそ、この三つは低い身分のなかにも上手な人がいるのでしょう。何でも人並み以上にできるお子というのは、やはり身分の高い家に生まれるものですけれど。
亡き上皇様は、我々子どもたちに、それぞれ芸術をお習わせになりましたね。あなたのご教育には特に力を入れていらっしゃった。『源氏は学問もできるが、それ以外では(きん)が一番得意で、その他の楽器もつぎつぎと上達していくのだ』と、よく自慢なさっていました。絵がお上手というお話は出なかったのですよ。ご趣味でなさる程度なのだろうと思っておりましたから、今日は本当に驚きました。絵の師匠が逃げ出すほどの腕前(うでまえ)でいらっしゃる。これはいけませんね」
と、ご機嫌よくご冗談までおっしゃる。
それでも上皇様を思い出されて、最後にはおふたりで泣いてしまわれた。
その場にいた方たちも、上皇様を恋しがってしんみりなさっていたわ。