野いちご源氏物語 一六 関屋(せきや)

 石山(いしやま)(でら)でのお参りが済んだころ、小君(こぎみ)源氏(げんじ)(きみ)のお迎えにあがった。
「先日はあれから姉の(とも)をして都へ戻りまして、あなた様のお参りのお供ができませんでした。お許しください」
 源氏の君にお()びを申し上げる。
<子どものころは我が子のようにかわいがっていただいた。貴族の一員(いちいん)にまでしてくださったご(おん)(そむ)いて、私は須磨(すま)にお供もせず、姉の夫について常陸(ひたちの)(くに)へ逃げてしまったのだ。裏切ったと思われても仕方がない>

 源氏の君も多少は(うら)んでいらっしゃった。しかしそんな気配(けはい)はお見せにならない。昔のようなかわいがり方ではないけれど、親しい家来のひとりとして扱われる。
「そなたの姉君にお手紙を差し上げたい」
 そうおっしゃるので、
<とっくにお忘れになっていてもおかしくないのに、先日のご伝言だけでなく、お手紙までくださる。ずっと姉君を思っていてくださったのか>
 と小君は感動する。

「先日は思わぬところでお会いしましたね。私は運命を感じましたが、あなたはいかがですか。前常陸(ひたち)(すけ)が関所の番人のようにあなたを守っているのがうらやましい。嫉妬(しっと)してしまいます」
 こう書いた手紙を小君に渡しながら、源氏の君は苦笑なさる。
「ひさしぶりのお手紙だから気恥ずかしいな。しかし、あの人との苦しい恋は昨日のことのように思い出せるのだよ。あいかわらず(うわ)ついた男だと、ますます嫌われてしまうだろうか」
 小君は姉のところまで大切に持っていった。
「ぜひ返事をお書きになってください。裏切り者扱いされる覚悟をしておりましたが、これまでどおり優しくしてくださるのです。そのお心がありがたくて、いけないことだと知りながらもお預かりしてしまいました。女性は気が弱いものですから、こういう優しいお手紙につい返事をなさったところで、誰も悪く申しませんでしょう」

 空蝉の君は源氏の君以上に気恥ずかしい。しかしめずらしい手紙を無視できなかった。
「運命のいたずらに(なげ)いてばかりでございますが、こうしてお手紙をいただきますと、なんだか夢のようで」
 とお返事をした。
 源氏の君にとっては忘れられない女君だから、その後もときどき手紙で口説こうとなさる。