姫君はどうしても「九州へ行く」とおっしゃらない。
叔母君はなんとか説得しようとがんばっていたけれど、ついに諦めたみたい。
もう日が暮れそうだから、
「それでは侍従だけを連れてまいります」
と急いで帰ろうとする。
侍従は小声で姫君に申し上げた。
「姫様、叔母君がこのように仰せですから、今日のところは叔母君のお屋敷へ参ります。私は叔母君のご意見も、姫様のお悩みも、どちらも分かりますから間に立ってつろうございます」
<乳母の子として幼いころから私に仕えてくれていた侍従さえ、私を見捨てていくのか。恨めしく悲しいけれど、私のような貧しい者のところに引きとめることはできない>
と、姫君は大声でお泣きになる。
<私に出せるものといったら泣き声だけなんて情けない。侍従の長年の働きに感謝して何か贈りたいけれど、着物はどれも古びているし>
とあたりを見回してごらんになって、かもじのことを思い出された。
「かもじ」というのはね、櫛で髪をとくと、何本か髪が抜けるでしょう?
それを集めておいて、髪が短い人や薄くなった人が、自分の髪に付けられるようにしたもののこと。
姫君はお姿の美しい方ではないけれど、黒髪だけはどなたにも負けないほど長くて美しいの。
だからとても立派なかもじを作って保管していらっしゃった。
それを美しい箱に入れたものと、古風なお香一壺を侍従にお与えになる。
「あなたはずっと私と一緒にいてくれると思っていたのに、思いがけずお別れすることになってしまったわね。乳母の遺言だってあったのだから、頼りない私でも見捨てられることはないだろうと信じていたのよ。さすがにこの貧しさでは見捨てられても仕方がないけれど、私がひとりぼっちになってしまうと分かっているのにひどい、とも思ってしまう」
とおっしゃって、涙が止まらない。
侍従は何も申し上げられないけれど、これが最後だろうと思うと、姫君に伝えたいことはたくさんある。
「母の遺言などなくても、ずっと姫様にお仕えするつもりでおりました。つらい世の中も姫様とご一緒に耐えてまいりましたのに、まさか姫様を置いて九州などへ行くことになるとは。離れ離れになっても私の本当の主人は姫様だけでございます。とはいえ、姫様と離れて私の命がどれほどもつかは分かりませんけれど」
そう申し上げていると、叔母君は、
「早く帰りますよ。暗くなってしまう」
と急かす。
侍従は何度も何度もふり返りながらお屋敷を出ていったわ。
絶対に姫君を見捨てないだろうと思われていた侍従が出ていってしまったから、姫君もお心細いけれど、他の女房たちも動揺していた。
「少し考えてみれば、それも当然ですよ。どうしてこんなところで働きつづけられるものですか。年老いた私たちでさえ我慢できないのに、いくら乳母子でも若い人には耐えられない環境ですよ」
と言いながら、つてをたどって他のお屋敷へ移っていく。
姫君は、
<女房が次々と辞めてしまって、世間が何と言うだろう>
と心配していらっしゃった。
叔母君はなんとか説得しようとがんばっていたけれど、ついに諦めたみたい。
もう日が暮れそうだから、
「それでは侍従だけを連れてまいります」
と急いで帰ろうとする。
侍従は小声で姫君に申し上げた。
「姫様、叔母君がこのように仰せですから、今日のところは叔母君のお屋敷へ参ります。私は叔母君のご意見も、姫様のお悩みも、どちらも分かりますから間に立ってつろうございます」
<乳母の子として幼いころから私に仕えてくれていた侍従さえ、私を見捨てていくのか。恨めしく悲しいけれど、私のような貧しい者のところに引きとめることはできない>
と、姫君は大声でお泣きになる。
<私に出せるものといったら泣き声だけなんて情けない。侍従の長年の働きに感謝して何か贈りたいけれど、着物はどれも古びているし>
とあたりを見回してごらんになって、かもじのことを思い出された。
「かもじ」というのはね、櫛で髪をとくと、何本か髪が抜けるでしょう?
それを集めておいて、髪が短い人や薄くなった人が、自分の髪に付けられるようにしたもののこと。
姫君はお姿の美しい方ではないけれど、黒髪だけはどなたにも負けないほど長くて美しいの。
だからとても立派なかもじを作って保管していらっしゃった。
それを美しい箱に入れたものと、古風なお香一壺を侍従にお与えになる。
「あなたはずっと私と一緒にいてくれると思っていたのに、思いがけずお別れすることになってしまったわね。乳母の遺言だってあったのだから、頼りない私でも見捨てられることはないだろうと信じていたのよ。さすがにこの貧しさでは見捨てられても仕方がないけれど、私がひとりぼっちになってしまうと分かっているのにひどい、とも思ってしまう」
とおっしゃって、涙が止まらない。
侍従は何も申し上げられないけれど、これが最後だろうと思うと、姫君に伝えたいことはたくさんある。
「母の遺言などなくても、ずっと姫様にお仕えするつもりでおりました。つらい世の中も姫様とご一緒に耐えてまいりましたのに、まさか姫様を置いて九州などへ行くことになるとは。離れ離れになっても私の本当の主人は姫様だけでございます。とはいえ、姫様と離れて私の命がどれほどもつかは分かりませんけれど」
そう申し上げていると、叔母君は、
「早く帰りますよ。暗くなってしまう」
と急かす。
侍従は何度も何度もふり返りながらお屋敷を出ていったわ。
絶対に姫君を見捨てないだろうと思われていた侍従が出ていってしまったから、姫君もお心細いけれど、他の女房たちも動揺していた。
「少し考えてみれば、それも当然ですよ。どうしてこんなところで働きつづけられるものですか。年老いた私たちでさえ我慢できないのに、いくら乳母子でも若い人には耐えられない環境ですよ」
と言いながら、つてをたどって他のお屋敷へ移っていく。
姫君は、
<女房が次々と辞めてしまって、世間が何と言うだろう>
と心配していらっしゃった。



