そうこうしていると、叔母君の夫が九州へ赴任することになった。
地方長官としては最高の役職に就いたのよ。
娘たちはそれなりな男性と結婚させて都に残していくことにしたけれど、
<姫君を女房として九州へ連れていきたい>
と思っているの。
「はるか遠い九州へ参りますから、姫君のことが心配でなりません。これまでは別々に暮らしていても、いざとなればすぐそこだと思って安心しておりましたけれど。九州からでは、何かあってもすぐに駆けつけることができませんもの」
と優しそうなことを言う。
それでも姫君は、「一緒に九州へ行く」とはおっしゃらない。
叔母君は、
<まぁ、憎たらしい。宮家の姫君がそんな軽率な行動はできないと思っておられるのかしら。どれだけ姫君ぶっていらっしゃったところで、あんな荒れ果てた屋敷に住んでいる人を、源氏の君が大切になどなさるわけがないのに>
といまいましく思っている。
九州へ行くか行かないかで揉めていらっしゃったとき、源氏の君が都にお戻りになった。
都じゅうがよろこびで大騒ぎしている。
ついこの間まで源氏の君に冷淡だった貴族たちも、我も我もと源氏の君にご挨拶しようとする。
源氏の君は、態度をころっと変えた世間にうんざりなさると同時に、悲しくもお思いになる。
常陸の宮様の姫君のことを思い出す余裕など、おありでないの。
源氏の君からはお手紙さえ来ないままなので、姫君はお心が折れそうになる。
「あぁ、もう駄目なのね。源氏の君がどんなにお気の毒な境遇になられても、いつか必ず都でお力を取り戻されるに違いないと信じて、念じていたのだけれど。やっと願いが叶ったというのに、私は遠くから世間の騒ぎを聞いているだけ。源氏の君が須磨へ行かれたときには、誰よりも私が一番つらいはずだと思うほどだったけれど、源氏の君のお心には、今も昔も私なんていないのでしょうね」
と、人知れず声を上げてお泣きになる。
叔母君は、
<それ見たことか。こんな貧乏で落ちぶれた様子の姫を大切にする男性などいるものか。これだけのひどい有り様だというのに、ずいぶんと世の中を馬鹿にして、ご両親がご存命だったころのまま気高く生きようとしておられるのだもの。なんとまぁ、おいたわしいこと。世間知らずどころか幼い子どものようでいらっしゃる>
と見くびって、
「やはり九州へ行くとご決心くださいませ。都にいらっしゃっては何かとおつらいでしょう。お離れになってもよろしいではありませんか。田舎暮らしなんて嫌だとお思いでしょうけれど、どうぞ私にお任せください。姫君のご身分に恥ずかしくないお扱いをさせていただきますよ」
などと、親切そうなことを言う。
貧乏なお屋敷でのお勤めに疲れきった女房たちは、
「叔母君のおっしゃるとおりになさればよろしいのに。いくら宮家の姫君でも、頼りにできる方がいらっしゃらなければ、もう澄ましていられるご身分ではありませんよ。何をどう勘違いしてあんな態度でいらっしゃるのだろう」
とつぶやきあっている。
侍従は、叔母君の夫の甥と恋人関係になっていたの。
甥は九州についていくから、侍従を妻として連れていくつもりでいる。
「私も九州に参ります。このような寂しいお屋敷に姫様を置いて都を離れるのは心苦しいですから、どうか一緒に九州へご出発ください」
とお願いするけれど、姫君はやはり源氏の君を信じて待ちたいとお思いになる。
<いくら何でも、永遠に私のことを思い出してくださらないということはないだろう。あれだけ私を大切にしてくださったのだもの。今はお忘れでも、風の噂で私が貧しい暮らしをしているとお聞きになれば、きっとお訪ねくださるはずだ。だとしたら、この屋敷を離れるわけにはいかない。家具だって同じように、昔のままにしておかなければ>
と、ひたすら貧乏に耐え、祈りつづけていらっしゃる。
地方長官としては最高の役職に就いたのよ。
娘たちはそれなりな男性と結婚させて都に残していくことにしたけれど、
<姫君を女房として九州へ連れていきたい>
と思っているの。
「はるか遠い九州へ参りますから、姫君のことが心配でなりません。これまでは別々に暮らしていても、いざとなればすぐそこだと思って安心しておりましたけれど。九州からでは、何かあってもすぐに駆けつけることができませんもの」
と優しそうなことを言う。
それでも姫君は、「一緒に九州へ行く」とはおっしゃらない。
叔母君は、
<まぁ、憎たらしい。宮家の姫君がそんな軽率な行動はできないと思っておられるのかしら。どれだけ姫君ぶっていらっしゃったところで、あんな荒れ果てた屋敷に住んでいる人を、源氏の君が大切になどなさるわけがないのに>
といまいましく思っている。
九州へ行くか行かないかで揉めていらっしゃったとき、源氏の君が都にお戻りになった。
都じゅうがよろこびで大騒ぎしている。
ついこの間まで源氏の君に冷淡だった貴族たちも、我も我もと源氏の君にご挨拶しようとする。
源氏の君は、態度をころっと変えた世間にうんざりなさると同時に、悲しくもお思いになる。
常陸の宮様の姫君のことを思い出す余裕など、おありでないの。
源氏の君からはお手紙さえ来ないままなので、姫君はお心が折れそうになる。
「あぁ、もう駄目なのね。源氏の君がどんなにお気の毒な境遇になられても、いつか必ず都でお力を取り戻されるに違いないと信じて、念じていたのだけれど。やっと願いが叶ったというのに、私は遠くから世間の騒ぎを聞いているだけ。源氏の君が須磨へ行かれたときには、誰よりも私が一番つらいはずだと思うほどだったけれど、源氏の君のお心には、今も昔も私なんていないのでしょうね」
と、人知れず声を上げてお泣きになる。
叔母君は、
<それ見たことか。こんな貧乏で落ちぶれた様子の姫を大切にする男性などいるものか。これだけのひどい有り様だというのに、ずいぶんと世の中を馬鹿にして、ご両親がご存命だったころのまま気高く生きようとしておられるのだもの。なんとまぁ、おいたわしいこと。世間知らずどころか幼い子どものようでいらっしゃる>
と見くびって、
「やはり九州へ行くとご決心くださいませ。都にいらっしゃっては何かとおつらいでしょう。お離れになってもよろしいではありませんか。田舎暮らしなんて嫌だとお思いでしょうけれど、どうぞ私にお任せください。姫君のご身分に恥ずかしくないお扱いをさせていただきますよ」
などと、親切そうなことを言う。
貧乏なお屋敷でのお勤めに疲れきった女房たちは、
「叔母君のおっしゃるとおりになさればよろしいのに。いくら宮家の姫君でも、頼りにできる方がいらっしゃらなければ、もう澄ましていられるご身分ではありませんよ。何をどう勘違いしてあんな態度でいらっしゃるのだろう」
とつぶやきあっている。
侍従は、叔母君の夫の甥と恋人関係になっていたの。
甥は九州についていくから、侍従を妻として連れていくつもりでいる。
「私も九州に参ります。このような寂しいお屋敷に姫様を置いて都を離れるのは心苦しいですから、どうか一緒に九州へご出発ください」
とお願いするけれど、姫君はやはり源氏の君を信じて待ちたいとお思いになる。
<いくら何でも、永遠に私のことを思い出してくださらないということはないだろう。あれだけ私を大切にしてくださったのだもの。今はお忘れでも、風の噂で私が貧しい暮らしをしているとお聞きになれば、きっとお訪ねくださるはずだ。だとしたら、この屋敷を離れるわけにはいかない。家具だって同じように、昔のままにしておかなければ>
と、ひたすら貧乏に耐え、祈りつづけていらっしゃる。



