野いちご源氏物語 一五 蓬生(よもぎう)

 そうこうしているうちに、叔母(おば)の夫が九州へ赴任(ふにん)することになった。地方官としては最高の官職に就(つ)いたから、叔母は鼻が高い。娘たちはそこそこの男性と結婚させて都に残していくことにする。
<それでも姫君(ひめぎみ)は九州へ連れていきたい>
 常陸(ひたち)の宮(みや)の姫君を、娘ではなく自分の女房にしようと考える。
「はるか遠い九州へ参りますから、姫君のことが心配でなりません。これまでは別々に暮らしていても、いざとなればすぐそこだと思って安心しておりましたけれど。九州からでは何かあっても駆(か)けつけられませんもの」
 一見優しそうなことを言った。しかし姫君は一緒に九州へ行くとはおっしゃらない。
<あぁ、憎(にく)たらしい。宮家(みやけ)の姫君が軽々しいことはできないと思っていらっしゃるのかしら。ご大層(たいそう)な姫君ぶったところで、あんな荒れはてた屋敷にお暮らしの人を、源氏(げんじ)の君(きみ)が大切になさるわけがないのに>

 ちょうど源氏(げんじ)の君(きみ)が都にお戻りになったころのことだった。都じゅうが喜びで大騒ぎしている。ついこの間まで源氏の君に冷淡(れいたん)だった人たちも、我(われ)先(さき)にご機嫌(きげん)取りをしようと競いあっている。
 態度をころりと変えた世間に源氏の君はうんざりなさる。虚(むな)しくなることが多くて、常陸(ひたち)の宮(みや)の姫君を思い出される余裕などなかった。
 都に戻ったという手紙さえいただけないことに、姫君はお心が折れてしまった。
「私たちの関係は終わったのだ。源氏の君がどれほどつらい立場におなりになっても、いつか必ず都でお力を取り戻されるようにと祈っていた。やっと祈りが通じたというのに、私は遠くから世間の騒(さわ)ぎを聞いているだけ。源氏の君が須磨(すま)へ行かれたときには、誰よりも私が一番つらいはずだと思うほどだったけれど、源氏の君のお心には、今も昔も私なんていないのだろう」
 人知れず声を上げてお泣きになる。

 叔母の思うとおりになった。
<それ見たことか。こんな貧しい姫君を大切にする男性などいるものか。落ちぶれきったありさまなのに威(い)張(ば)って、ご両親が存命(ぞんめい)だったころのまま気高(けだか)く生きようとしていらっしゃるのだもの。なんとまぁ、おいたわしいこと>
 ますます姫君を馬鹿(ばか)にする。
「やはり九州へ行くとご決心なされませ。都にいらっしゃってはおつらいことばかりでしょう。お離れになってもよいではありませんか。田舎(いなか)暮らしなんて嫌だと思われるかもしれませんが、どうぞ私にお任(まか)せください。姫君のご身分に恥ずかしくないお扱いをさせていただきますよ」
 親切そうなことを言うので、貧乏暮らしに疲(つか)れた女房(にょうぼう)たちは内心で味方している。
「叔母君のおっしゃるとおりになさればよいのに。いくら宮家の姫君でも、他に頼りにできる人はいらっしゃらないのだもの。何をどう勘違いしてあんな態度をお取りになるのかしら」
 と愚痴(ぐち)をこぼしあう。

 侍従(じじゅう)は叔母の夫の甥(おい)と恋人関係になっていた。九州についていく甥は、侍従にも一緒に来てほしいと言う。
「不本意(ふほんい)ですが私も九州に参ります。このような寂(さび)しいお屋敷に姫様をお残ししていくのは心苦しゅうございます。どうか私と九州へお移りください」
 そうお願いするけれど、姫君はやはり源氏の君を信じて待ちたいとお思いになる。
<いくら何でも永遠に私のことを思い出してくださらないことはないだろう。一生お世話をしますと約束なさったのだもの。今はお忘れでも、風の噂(うわさ)で私が貧しい暮らしをしているとお聞きになれば、きっと訪ねてくださるはずだ。だとしたら、この屋敷を離れるわけにはいかない。家具だって昔のままにしておかなければ>
 心を強く持ってひたすら耐(た)えていらっしゃった。