野いちご源氏物語 一五 蓬生(よもぎう)

常陸(ひたち)(みや)様がお亡くなりになってから、お屋敷は荒れる一方(いっぽう)だったけれど、ついに今は(きつね)()みかになってしまったの。
お庭のぞっとするような薄暗い木立(こだち)のなかで、ふくろうが朝も夜も鳴く。
人気(ひとけ)がないので、木の妖怪(ようかい)のようなものまで現れはじめた。
残っている数少ない女房(にょうぼう)たちの一人が、
「姫様、もう(いた)(かた)ございません。風流(ふうりゅう)(ごの)みの中流貴族が、こちらのお屋敷を気に入って(ゆず)ってほしいと申しております。いっそそうなさって、もっと明るいさっぱりしたところへお引越しなされませ。これ以上は私たちも()えられません」
と申し上げる。

でも姫君(ひめぎみ)は、そんなことを考えもなさらない。
「まぁ、なんてひどいことを言うの。この屋敷を売ったりしたら世間にどう思われるか。私が生きている間は、父宮(ちちみや)のお形見(かたみ)を売ることなど許しません。たしかに荒れ果てて恐ろしい屋敷だけれど、両親との思い出がたくさん残っているのです。私はそれに救われながらなんとか生きているというのに」
とお泣きになる。

古めかしい立派な家具もたくさんあるのよ。
さすがは由緒(ゆいしょ)正しい宮家(みやけ)だもの。
そういう品を集めるのが趣味の貴族などが、
(みや)様が名人に作らせなさった、あの家具を売っていただけませんか」
と申し込んでくることもある。
姫君が経済的に困っておられることを知っているから、そんな図々しいことを言うのよね。
女房は、
<どこの家でもやっていることなのだから、こっそり売って生活の()しにしたい>
と思うけれど、姫君は厳しくお(しか)りになる。
「父宮が私のために作らせなさった家具ですよ。それをどうして身分の低い人の家の飾りにできますか。父宮のお考えと違うことは、誰にもさせません」

源氏(げんじ)(きみ)が都をお離れになってから、姫君を訪問したり、お手紙をくださったりする人などいないのだけれど、唯一(ゆいいつ)、姫君の兄君(あにぎみ)だけはたまにご訪問なさるの。
兄君は出家(しゅっけ)して僧侶(そうりょ)になっていらっしゃる。
普段は山のお寺で修行(しゅぎょう)なさっているのだけれど、用事があって都にいらっしゃったときには、ついでに姫君のお顔を見ていかれるわ。
でも、この兄君が姫君以上に変わり者というか、生活力のない方なのよね。
仏教(ぶっきょう)の修行にはご熱心だけれど、姫君の面倒を見てあげようとか、お屋敷やお庭の手入れをしてあげようとか、そういう気配りはなさらないし、正直なところ経済力もお持ちでない。

そういうわけで、お庭は荒れ放題。
門には雑草のつるが巻き付いて、(とびら)が開かなくなっている。
百歩(ひゃっぽ)(ゆず)ってそれだけなら、「頑丈(がんじょう)(かぎ)の代わりになって安心ですね」と言えなくもないけれど、そのすぐ隣では(へい)がぼろぼろに壊れているのよ。
図々しい人がそこから飼い馬や飼い牛を入れて、お庭の草を食べさせている。
いったい(みや)様のお屋敷を何だと思っているのかしら。

台風がやって来たときには、渡り廊下は壊れて、召使(めしつか)い用の粗末な建物は屋根が吹き飛ばされてしまったわ。
「こんなところでお仕えしつづけることはできない」
と、誰もかれもが逃げていってしまった。
食事を作ることもできなくて、お屋敷全体がお気の毒な様子になっていく。
泥棒(どろぼう)だって見向きもしないから、姫君のお部屋のなかだけは昔のままご立派よ。
人手不足で掃除(そうじ)する人もおらず、ほこりが積もってはいるけれど。