<やっとお越しくださった>
姫君はうれしいものの、みすぼらしいありさまでお会いになるのは気が引けた。
九州へ行った叔母が置いていった着物が、箱にしまって、よい香りをつけてあった。嫌な人が寄越した物だからと、これまで姫君はご覧になることもなかったけれど、まともな着物はそれしかない。仕方なく着替えて、古ぼけたついたての奥にお座りになる。
源氏の君は部屋へ入ると、いつものように上手に言い訳をなさった。
「あなたのことはずっと気にかけておりましたよ。連絡をくださらないので、どちらが先に我慢できなくなるか勝負したくなってしまったのです。ご覧のとおり私の負けですね。このお屋敷の前を素通りすることはできませんでした」
ついたてを少しずらして姫君をご覧になると、やはりはにかんでいて、すぐにはお返事なさらない。それでも、
<こんな荒れたところへ源氏の君が来てくださった。恥ずかしがっている場合ではない>
と勇気をふりしぼって、少しは何かおっしゃったらしい。
「さぞかしお心細かったでしょう。三年もよく待っていてくださいました。しかし私は、あなたが心変わりなさったかもしれないとは少しも思わなかったのですよ。一途な私は恋人を疑うことなど知りませんから、あなたのお気持ちを確かめることもなく、こうしていきなりやって来てしまった。そのけなげな愛をどうお思いになりますか。都を離れていた間のご無沙汰は仕方のないこととして許してくださると信じております。この先あなたに寂しい思いをさせることがあれば、そのときはどのような罰でも受けましょう」
それほど思ってもいないことを、甘く優しくお話しになる。
<お屋敷も荒れているが、女房の数も少なすぎる。この様子では私が泊まる準備などできないだろう>
源氏の君は適当に言いまぎらわして帰ろうとなさる。
「藤の花がからまったあの松は、ずいぶん大きくなりましたね。外の通りからもよく見えましたよ。それだけの年月が経ったのですね。私が田舎でどんな苦労をしていたのか、いつかゆっくりお話しいたしましょう。あなたのご苦労もお聞かせください。あぁ、ほらまた。私はあなたが他の男にそんな話をなさるはずがないと信じているのです。あなたが私と同じように一途でいらっしゃるとは限らないのに。我ながら夢見がちであきれてしまいます」
姫君は小さな声でお返事なさった。
「こんなに早くお帰りになっては、藤の花を見るために少しお立ち寄りになっただけかと悲しくなってしまいます。私はずっとお待ちしておりましたのに」
めずらしくふつうの女君のようだった。
<雰囲気も着物の香りも以前より女らしくおなりのようだ>
源氏の君は意外な変化に満足なさる。
月が沈みかけている。
渡り廊下などが壊れているので、月光は何にもさえぎられることなく開けた戸から華やかに差しこんでくる。室内は昔のまま変わっていなかった。荒れはてた外観からは想像もつかない優雅さだった。
<何も変えないように暮らしていらっしゃったのだ。不器用だが、いかにも高貴な人らしいところがこの人のよいところだ。だから見捨てずにお世話しようと思っていたのに、こんなに放っておいてしまって、さぞかし恨まれているだろう>
姫君にかわいそうなことをしたとお思いになる。
その後、源氏の君は予定どおり花散里の君をお訪ねになった。そちらの屋敷も昔ながらの落ち着いた雰囲気なので、宮邸が見劣りすることはない。同じ夜にお訪ねになったのは正解だった。
姫君はうれしいものの、みすぼらしいありさまでお会いになるのは気が引けた。
九州へ行った叔母が置いていった着物が、箱にしまって、よい香りをつけてあった。嫌な人が寄越した物だからと、これまで姫君はご覧になることもなかったけれど、まともな着物はそれしかない。仕方なく着替えて、古ぼけたついたての奥にお座りになる。
源氏の君は部屋へ入ると、いつものように上手に言い訳をなさった。
「あなたのことはずっと気にかけておりましたよ。連絡をくださらないので、どちらが先に我慢できなくなるか勝負したくなってしまったのです。ご覧のとおり私の負けですね。このお屋敷の前を素通りすることはできませんでした」
ついたてを少しずらして姫君をご覧になると、やはりはにかんでいて、すぐにはお返事なさらない。それでも、
<こんな荒れたところへ源氏の君が来てくださった。恥ずかしがっている場合ではない>
と勇気をふりしぼって、少しは何かおっしゃったらしい。
「さぞかしお心細かったでしょう。三年もよく待っていてくださいました。しかし私は、あなたが心変わりなさったかもしれないとは少しも思わなかったのですよ。一途な私は恋人を疑うことなど知りませんから、あなたのお気持ちを確かめることもなく、こうしていきなりやって来てしまった。そのけなげな愛をどうお思いになりますか。都を離れていた間のご無沙汰は仕方のないこととして許してくださると信じております。この先あなたに寂しい思いをさせることがあれば、そのときはどのような罰でも受けましょう」
それほど思ってもいないことを、甘く優しくお話しになる。
<お屋敷も荒れているが、女房の数も少なすぎる。この様子では私が泊まる準備などできないだろう>
源氏の君は適当に言いまぎらわして帰ろうとなさる。
「藤の花がからまったあの松は、ずいぶん大きくなりましたね。外の通りからもよく見えましたよ。それだけの年月が経ったのですね。私が田舎でどんな苦労をしていたのか、いつかゆっくりお話しいたしましょう。あなたのご苦労もお聞かせください。あぁ、ほらまた。私はあなたが他の男にそんな話をなさるはずがないと信じているのです。あなたが私と同じように一途でいらっしゃるとは限らないのに。我ながら夢見がちであきれてしまいます」
姫君は小さな声でお返事なさった。
「こんなに早くお帰りになっては、藤の花を見るために少しお立ち寄りになっただけかと悲しくなってしまいます。私はずっとお待ちしておりましたのに」
めずらしくふつうの女君のようだった。
<雰囲気も着物の香りも以前より女らしくおなりのようだ>
源氏の君は意外な変化に満足なさる。
月が沈みかけている。
渡り廊下などが壊れているので、月光は何にもさえぎられることなく開けた戸から華やかに差しこんでくる。室内は昔のまま変わっていなかった。荒れはてた外観からは想像もつかない優雅さだった。
<何も変えないように暮らしていらっしゃったのだ。不器用だが、いかにも高貴な人らしいところがこの人のよいところだ。だから見捨てずにお世話しようと思っていたのに、こんなに放っておいてしまって、さぞかし恨まれているだろう>
姫君にかわいそうなことをしたとお思いになる。
その後、源氏の君は予定どおり花散里の君をお訪ねになった。そちらの屋敷も昔ながらの落ち着いた雰囲気なので、宮邸が見劣りすることはない。同じ夜にお訪ねになったのは正解だった。



