姫君は、
<やっとお越しくださった>
とうれしいけれど、みすぼらしい格好でお会いするのは気が引けてしまわれる。
叔母君が置いていったお着物が、箱にしまって、よい香りをつけてあった。
「嫌な叔母がくれたものだから」と、これまで姫君は取り出すこともなさらなかったのだけれど、まともな着物はもうそれしかない。
仕方なく着替えて、古ぼけたついたての奥にお座りになる。
源氏の君はお部屋にお入りになると、いつものように上手に言い訳をなさった。
「ずっとあなたのことを思っておりましたが、何もご連絡をくださらないので、さぁどちらが先に我慢できなくなるだろうかと勝負したくなってしまったのですよ。ご覧のとおり私の負けです。このお屋敷の前を素通りすることはできませんでした」
ついたてを少しずらして姫君をご覧になると、やはりはにかんでおられて、すぐにはお返事をなさらない。
それでも、
<こんな荒れたところへ源氏の君が来てくださった。恥ずかしがっている場合ではないわ>
と勇気をふりしぼって、少し何かおっしゃったみたい。
源氏の君は、
「さぞかし心細くていらっしゃったでしょう。よく待っていてくださいました。でも私は、あなたが心変わりなさったかもしれないなんて、少しも思わなかったのですよ。一途な私は、恋人を疑うことなど知りませんから、あなたの気持ちを確かめることもなく、こうしてやって来てしまった。その健気な愛をどうお思いになりますか。都を離れていた間のご無沙汰は、仕方のないこととして許してくださると信じております。この先あなたに寂しい思いをさせたら、そのときはどのような罰でも受けましょう」
と、それほど思ってもいらっしゃらないことを、甘く優しくお話しになる。
<お屋敷も荒れているが、女房の数も少なすぎる。この様子では私が泊まる準備などできないだろう>
とお思いになった源氏の君は、適当な理由をつけて帰ろうとなさる。
お庭をご覧になって、
「藤の花がからまったあの松は、ずいぶん大きくなりましたね。外の通りからもよく見えましたよ。それだけの年月が経ったのですね。都でいろいろなことが変わっている間に、私が田舎でどんな暮らしをしていたのか、いつかゆっくりお話しいたしましょう。あなたのご苦労もお聞かせください。あぁ、ほらまた。私はあなたが他の男にそんな話をなさるはずがないと信じているのです。あなたが私と同じように一途でいらっしゃるとは限らないのに。我ながら夢見がちであきれてしまいます」
とおっしゃると、姫君は小さなお声でお返事なさった。
「こんなに早くお帰りになっては、藤の花をご覧になるために、少しお立ち寄りになっただけかと悲しくなってしまいます。私はずっとお待ちしておりましたのに」
めずらしくふつうの女君のようなお返事をなさるの。
お着物のすばらしい香りも合わさって、
<以前より大人になられたようだ>
と源氏の君は満足していらっしゃった。
月が沈もうとしている。
渡り廊下などが壊れてしまっているので、開いている扉から月光が華やかに差しこんでくる。
室内は昔のままで、家具などが上品に整えてあった。
荒れたお庭やお屋敷の外観から考えると、少し意外なほどよ。
<何も変えないように暮らしていらっしゃったのだ。不器用だがご誠実で、奥ゆかしいところがこの人のよいところだと私は分かっていた。だから見捨てずにお世話しようと思っていたのに、こんなことになってしまって、さぞかしひどい男だと恨んでおられるだろう>
と、心苦しくも愛おしくもお思いになる。
その後、源氏の君は予定どおり花散里の姫君をご訪問なさった。
こちらが現代風で華やかなお屋敷だったら、常陸の宮様の姫君がかすんでしまうところだけれど、花散里の姫君のお屋敷も昔ながらの落ち着いた雰囲気なので、そんなふうにはならない。
同じ夜にご訪問なさったのは正解だったわね。
<やっとお越しくださった>
とうれしいけれど、みすぼらしい格好でお会いするのは気が引けてしまわれる。
叔母君が置いていったお着物が、箱にしまって、よい香りをつけてあった。
「嫌な叔母がくれたものだから」と、これまで姫君は取り出すこともなさらなかったのだけれど、まともな着物はもうそれしかない。
仕方なく着替えて、古ぼけたついたての奥にお座りになる。
源氏の君はお部屋にお入りになると、いつものように上手に言い訳をなさった。
「ずっとあなたのことを思っておりましたが、何もご連絡をくださらないので、さぁどちらが先に我慢できなくなるだろうかと勝負したくなってしまったのですよ。ご覧のとおり私の負けです。このお屋敷の前を素通りすることはできませんでした」
ついたてを少しずらして姫君をご覧になると、やはりはにかんでおられて、すぐにはお返事をなさらない。
それでも、
<こんな荒れたところへ源氏の君が来てくださった。恥ずかしがっている場合ではないわ>
と勇気をふりしぼって、少し何かおっしゃったみたい。
源氏の君は、
「さぞかし心細くていらっしゃったでしょう。よく待っていてくださいました。でも私は、あなたが心変わりなさったかもしれないなんて、少しも思わなかったのですよ。一途な私は、恋人を疑うことなど知りませんから、あなたの気持ちを確かめることもなく、こうしてやって来てしまった。その健気な愛をどうお思いになりますか。都を離れていた間のご無沙汰は、仕方のないこととして許してくださると信じております。この先あなたに寂しい思いをさせたら、そのときはどのような罰でも受けましょう」
と、それほど思ってもいらっしゃらないことを、甘く優しくお話しになる。
<お屋敷も荒れているが、女房の数も少なすぎる。この様子では私が泊まる準備などできないだろう>
とお思いになった源氏の君は、適当な理由をつけて帰ろうとなさる。
お庭をご覧になって、
「藤の花がからまったあの松は、ずいぶん大きくなりましたね。外の通りからもよく見えましたよ。それだけの年月が経ったのですね。都でいろいろなことが変わっている間に、私が田舎でどんな暮らしをしていたのか、いつかゆっくりお話しいたしましょう。あなたのご苦労もお聞かせください。あぁ、ほらまた。私はあなたが他の男にそんな話をなさるはずがないと信じているのです。あなたが私と同じように一途でいらっしゃるとは限らないのに。我ながら夢見がちであきれてしまいます」
とおっしゃると、姫君は小さなお声でお返事なさった。
「こんなに早くお帰りになっては、藤の花をご覧になるために、少しお立ち寄りになっただけかと悲しくなってしまいます。私はずっとお待ちしておりましたのに」
めずらしくふつうの女君のようなお返事をなさるの。
お着物のすばらしい香りも合わさって、
<以前より大人になられたようだ>
と源氏の君は満足していらっしゃった。
月が沈もうとしている。
渡り廊下などが壊れてしまっているので、開いている扉から月光が華やかに差しこんでくる。
室内は昔のままで、家具などが上品に整えてあった。
荒れたお庭やお屋敷の外観から考えると、少し意外なほどよ。
<何も変えないように暮らしていらっしゃったのだ。不器用だがご誠実で、奥ゆかしいところがこの人のよいところだと私は分かっていた。だから見捨てずにお世話しようと思っていたのに、こんなことになってしまって、さぞかしひどい男だと恨んでおられるだろう>
と、心苦しくも愛おしくもお思いになる。
その後、源氏の君は予定どおり花散里の姫君をご訪問なさった。
こちらが現代風で華やかなお屋敷だったら、常陸の宮様の姫君がかすんでしまうところだけれど、花散里の姫君のお屋敷も昔ながらの落ち着いた雰囲気なので、そんなふうにはならない。
同じ夜にご訪問なさったのは正解だったわね。



