野いちご源氏物語 一五 蓬生(よもぎう)

惟光(これみつ)が戻ると、待ちくたびれた源氏(げんじ)(きみ)がおっしゃる。
「ずいぶんと時間がかかったではないか。どうであった。雑草がひどく()(しげ)って、以前のお屋敷の様子とはまったく違うが」
侍従(じじゅう)と呼ばれていた若い女房(にょうぼう)はおりませんでしたが、その叔母(おば)だという老女房(ろうにょうぼう)に話を聞けました」
と、惟光は姫君(ひめぎみ)が今も源氏の君を待ちつづけておられることをお話しした。
源氏の君は姫君をお気の毒に思って、
「このような荒れたところで、どんなお気持ちで待っていらっしゃったのだろう。そうとも知らず今までお訪ねしなかったことが()やまれる」
と反省なさった。

「たしかにあの姫君なら、簡単に心変わりなどなさらないだろう。さて、どうしたものか。もう夜に出かけにくい身分になってしまったから、今夜を(のが)せば次はいつ来られるか分からない」
とおっしゃる。
風情(ふぜい)のある手紙を(いち)往復(おうふく)させてからご訪問したいが、姫君はひどく引っ込み思案(じあん)でいらっしゃったな。こちらからお手紙を送っても、なかなかお返事がいただけず、惟光が困ることになるだろう>
と迷っていらっしゃる。
惟光も同じように思ったのかしら、
「お庭の雑草が(つゆ)()れております。お着物が濡れないように、私が少し露を払ってまいりましょう」
と、さっそくご訪問の準備に取りかかろうとした。

源氏の君は、
「雑草を踏み分けてあなたのところへ参りますよ。私を待っていてくださったのですから」
と独り言を言いながら、乗り物からお()りになった。
惟光が(つゆ)(ばら)いする後ろを、源氏の君は進んでいかれたけれど、それでもお着物の(すそ)はひどく濡れてしまったみたい。
昔以上に荒れ果てたお屋敷だから、
<こんなところにいるのを誰かに見られたら格好が悪い。人気(ひとけ)がなくてよかった>
とお思いになる。