野いちご源氏物語 一五 蓬生(よもぎう)

 惟光(これみつ)が庭に入っていく。物音(ものおと)のするところへ行って女房(にょうぼう)に話しかけたいけれど、どこからも人の気配(けはい)がしない。
<やはり()()か>
 引きかえそうとしたとき、(すだれ)がかすかに動いた。
 ぞっとしながらもそばへ寄って(せき)(ばら)いをしてみる。すると年老いた女の声で、
「誰じゃ」
 と言うのが聞こえた。
侍従(じじゅう)と呼ばれていた女房にお会いしたいのですが」
 惟光は名乗ってから取次(とりつ)ぎを頼む。
「侍従はもうここにはおりませんよ。一緒に働いていた私でよろしければお話を(うけたまわ)りましょう」
 その声に聞き覚えがあった。
常陸(ひたち)(みや)姫君(ひめぎみ)に仕えていた(ろう)女房(にょうぼう)だ>

 宮邸(みやてい)にはまだ数人の女房が残って姫君にお仕えしている。もう他の屋敷では(やと)ってもらえないような老人ばかりだった。
 普段はまったく来客がないのに、突然若くて優雅な貴族が現れたものだから、女房たちは混乱している。
(きつね)()けているのではないか>
 (すだれ)の近くにわらわらと集まってきた。
「失礼なことをお尋ねしますが、本当のところを教えていただきたいのです。姫君は今もお独りでいらっしゃいますか。もし心変わりなさっていないのなら、源氏の君はお訪ねしたいとおっしゃっています。どうご報告すればよいでしょう。正直にお話しください」
 女房たちは年寄り(くさ)く笑った。
「心変わりなどなさるものですか。こんな荒れはてたところでいつまでもお暮らしなのがその証拠(しょうこ)ですよ。どれほど源氏の君に一途(いちず)でいらっしゃったかは、このありさまを見て、うまくお伝えくださいませ。ずいぶん長生きした私でもめずらしく思うような、ひどいお暮らしぶりでしたよ」
 話が長くなりそうなので惟光はあわてて止める。
「ええ、ではそのようにお伝えいたしましょう」
 と言って、源氏の君の乗り物のところまで戻っていった。