野いちご源氏物語 一四 澪標(みおつくし)

 朱雀(すざく)(いん)のご執心(しゅうしん)源氏(げんじ)(きみ)のお耳にも入った。
(あに)(いん)のご希望を知ってしまった以上、それを無視して姫宮(ひめみや)(みかど)入内(じゅだい)させるのは恐れ多い。しかし姫宮はかわいらしい人のようだから、帝にこそ差し上げたいが>
 帝の母君である入道(にゅうどう)(みや)にご相談なさる。

「朱雀院から結婚のご希望があるのですが、私といたしましては帝に入内なさった方がよろしいのではないかと悩んでおります。亡き御息所(みやすんどころ)は重々しく慎重(しんちょう)な方でした。私の浮気心のせいでひどくお苦しめしてしまったことを後悔(こうかい)しております。
 私のことを(うら)んでいらっしゃったでしょうに、ご遺言(ゆいごん)では姫宮のことを頼んでいかれたのです。(つみ)(ほろ)ぼしのためにも姫宮のご結婚のお世話をしたいと思っておりますが、ご身分の高い方ですのでお相手は限られてまいります。
 朱雀院か、帝か。帝は大人びていらっしゃいますが、まだ十一歳というお若さですから、分別(ふんべつ)のある年上のお(きさき)がおいでになった方がよろしいようにも思われます。  
 帝の母君としてどのようにお考えでしょうか」

「おっしゃるとおりと存じます。朱雀院のご希望に(そむ)くのは恐れ多く申し訳ないことですが、『帝に入内させたい』という御息所のご遺言があったことにして、入内させてしまえばよろしいでしょう。院のご希望には気づかなかったことになされませ。
 院は近ごろ仏教(ぶっきょう)修行(しゅぎょう)にご熱心のようですから、姫宮が帝に入内なさると聞いても、それほど不快(ふかい)にはお思いにならないかと」

「では、あなた様から入内のお(さそ)いがあったということにして、私はその伝言(でんごん)役だけをさせていただきましょう。あちこちに気を配っているつもりですが、院と私は仲が悪いのではと世間は(うわさ)するのでしょうね」
 源氏の君は少し気まずそうなお顔をなさる。内心(ないしん)では入道の宮が姫宮の入内に好意(こうい)的なことを頼もしくお思いだった。
<私の養女(ようじょ)として入内させたい。六条(ろくじょう)のお屋敷からではなく、二条(にじょう)(いん)から内裏にお入りいただこう>
 とひそかに計画していらっしゃる。

 (むらさき)(うえ)にもさっそくお伝えになった。
「亡き六条の御息所の姫宮は、私がお世話して帝へ入内なさることになりました。それまでしばらくの間、この二条の院で暮らしていただこうと思う。ぜひご挨拶(あいさつ)にお上がりなさい。あなたと同じくらいのお年でいらっしゃるから、お話が合うでしょう」
 紫の上はうれしく思って、姫宮をお迎えする準備をなさる。