雪や霙が降って天候が荒れた日、源氏の君は、
<姫宮はさぞかし物思いに沈んでおられるだろう>
とお手紙をお送りになった。
「この空をどのようにご覧になっていますか。御息所の魂はお屋敷の上空を飛んでおられることでしょう」
と、今の空の色をした紙にお書きになった。
<お若い姫宮のお目に留まるように>
と、念入りに工夫して美しいお手紙になさる。
姫宮はとてもお返事などできないとお思いになったけれど、女房も乳母も、
「代筆では失礼でございます」
と申し上げたものだから、ご自分でお返事をお書きになる。
よい香りを焚きしめた灰色の紙に、墨の濃淡が美しい。
「雪も私も今にも消えてなくなってしまいそうですのに、なかなかそうはなりません。心細い世界を生きつづけることが悲しゅうございます」
控えめな書き方で、おっとりとしたご性格が伝わってくるの。
ご筆跡はそこまでお上手なわけではないけれど、さすがに上品だった。
姫宮が伊勢神宮の斎宮として都をご出発なさったときから、源氏の君は姫宮のことが気になっていらっしゃった。
<もう母君の御息所は亡くなったし、ご遺言で後見を任されてもいる。口説いてしまおうか>
とお思いになる。
でも、それよりもおもしろそうな案が浮かんだの。
<御息所は何度も釘を刺していかれた。御息所だけのご心配ではなく、世間もきっと私が姫宮を恋人にすると思っているだろう。それならば私は裏をかこう。権中納言はすでに姫君を入内させ、兵部卿の宮様も入内させるおつもりの姫君がいらっしゃる。私もこの姫宮を自分の娘のようにお世話して、帝に入内させたらよい。生まれたばかりの明石の姫君は、入内させられるようになるまで十年以上かかる。それまでの間、この姫宮を通じて権力争いに加わってやろうではないか>
それからというもの、源氏の君は姫宮をこれまで以上に丁寧に扱って、必要なときには礼儀正しい後見役としてご訪問なさった。
「どうぞ私を御息所の代わりとお思いください。恐れ多いことでございますが、頼りになる親戚ほどの扱いをしていただけましたら幸いに存じます」
とおっしゃる。
姫宮は内気なご性格でいらっしゃるので、女房を通してしかお話しにならない。
源氏の君のご身分や、親切にしてくださることを思えば、女房たちは姫宮に直接源氏の君とお話ししていただきたい。
でも、無理強いはできなくて悩んでいたわ。
姫宮にお仕えする女房たちは、亡き御息所が厳選してお集めになった人たちよ。
立派な家柄の出身で、教養のある人たちが多いの。
だから姫宮を入内させても、他のお妃様たちに女房の質で負けるということはなさそう。
あとは姫宮ご本人のお美しさね。
<なんとかしてはっきりとご器量を拝見しておきたい>
と源氏の君はお思いになる。
これは親心なのかしら、浮気心なのかしら。
源氏の君はご自分のお心に自信がない。
<姫宮を自分のものにしたいと思ってしまうかもしれないのだから、しばらく入内のことは誰にも言わないでおこう>
とお決めになって、御息所のご法要を盛大になさる。
姫宮の女房たちは、ありがたいことだと喜びあっていたわ。
月日が過ぎるにつれて、姫宮は寂しく心細くお思いになる。
お仕えしていた人たちのなかには、他のお屋敷に移っていく人もいた。
お屋敷のある六条というところは、にぎやかな場所ではないの。
山の方からお寺の鐘の音なんかが聞こえてくると、姫宮はつい涙をこぼされる。
母娘といってもいろいろな形があるわよね。
こちらの姫宮と母君は、一心同体でいらっしゃった。
伊勢神宮の斎宮に母君がついていくなんて、これまでなかったことを無理になさったほどだもの。
この世ではいつも一緒にお過ごしだったのに、あの世へは一緒にお行きになれない。
そうお気づきになって、姫宮はお目を泣きはらしていらっしゃる。
姫宮を妻にしたいとお思いの方はたくさんおられるの。
女房は手引きを頼まれることも多いのだけれど、源氏の君は厳しくお禁じになる。
「乳母であっても勝手なことをしてはいけない」
と、まるで父親のようにおっしゃる。
女房たちは源氏の君のご立派さに遠慮して、
「下手なことはできないわ」
と、手引きはもちろん、姫宮宛てのお手紙を預かることさえしない。
上皇様は、帝であられたころに姫宮にお会いになっていらっしゃる。
伊勢へ出発する儀式で、姫宮のお髪に櫛をお挿しになったのよ。
<恐ろしいほど美しい人だった>
と忘れられなくて、姫宮が伊勢から都に戻られた後、
「こちらでお世話いたしましょう。私の妹宮も、賀茂神社の斎院を交代して一緒に暮らしていますから、姫宮も同じように私のところでお暮らしなさい」
と御息所におっしゃった。
もちろん、「お妃としていらっしゃい」という意味よ。
でも御息所は、
<上皇様にはたくさんのお妃様がいらっしゃる。承香殿の女御様は東宮様の母君として別格のお立場でいらっしゃるし、尚侍は女官でありながら上皇様のご愛情を一身に集めていると聞く。そんなところへ、頼りになる父親も親戚もいない姫宮が入っていかれるのは無謀だろう。それに上皇様はご病気がちでいらっしゃる。万が一、姫宮とご結婚なさってすぐお亡くなりになってしまわれたら。姫宮はこの若さで未亡人になってしまう>
と気が引けてしまわれた。
ただ、そのときは、御息所さえその気になられれば、ご結婚のご用意は可能だった。
でも今は御息所がいらっしゃらない。
もうご用意を整えて姫宮のご結婚をお世話する方がいらっしゃらないのよ。
上皇様は、あいかわらずご結婚を望んでいらっしゃるのだけれど。
<姫宮はさぞかし物思いに沈んでおられるだろう>
とお手紙をお送りになった。
「この空をどのようにご覧になっていますか。御息所の魂はお屋敷の上空を飛んでおられることでしょう」
と、今の空の色をした紙にお書きになった。
<お若い姫宮のお目に留まるように>
と、念入りに工夫して美しいお手紙になさる。
姫宮はとてもお返事などできないとお思いになったけれど、女房も乳母も、
「代筆では失礼でございます」
と申し上げたものだから、ご自分でお返事をお書きになる。
よい香りを焚きしめた灰色の紙に、墨の濃淡が美しい。
「雪も私も今にも消えてなくなってしまいそうですのに、なかなかそうはなりません。心細い世界を生きつづけることが悲しゅうございます」
控えめな書き方で、おっとりとしたご性格が伝わってくるの。
ご筆跡はそこまでお上手なわけではないけれど、さすがに上品だった。
姫宮が伊勢神宮の斎宮として都をご出発なさったときから、源氏の君は姫宮のことが気になっていらっしゃった。
<もう母君の御息所は亡くなったし、ご遺言で後見を任されてもいる。口説いてしまおうか>
とお思いになる。
でも、それよりもおもしろそうな案が浮かんだの。
<御息所は何度も釘を刺していかれた。御息所だけのご心配ではなく、世間もきっと私が姫宮を恋人にすると思っているだろう。それならば私は裏をかこう。権中納言はすでに姫君を入内させ、兵部卿の宮様も入内させるおつもりの姫君がいらっしゃる。私もこの姫宮を自分の娘のようにお世話して、帝に入内させたらよい。生まれたばかりの明石の姫君は、入内させられるようになるまで十年以上かかる。それまでの間、この姫宮を通じて権力争いに加わってやろうではないか>
それからというもの、源氏の君は姫宮をこれまで以上に丁寧に扱って、必要なときには礼儀正しい後見役としてご訪問なさった。
「どうぞ私を御息所の代わりとお思いください。恐れ多いことでございますが、頼りになる親戚ほどの扱いをしていただけましたら幸いに存じます」
とおっしゃる。
姫宮は内気なご性格でいらっしゃるので、女房を通してしかお話しにならない。
源氏の君のご身分や、親切にしてくださることを思えば、女房たちは姫宮に直接源氏の君とお話ししていただきたい。
でも、無理強いはできなくて悩んでいたわ。
姫宮にお仕えする女房たちは、亡き御息所が厳選してお集めになった人たちよ。
立派な家柄の出身で、教養のある人たちが多いの。
だから姫宮を入内させても、他のお妃様たちに女房の質で負けるということはなさそう。
あとは姫宮ご本人のお美しさね。
<なんとかしてはっきりとご器量を拝見しておきたい>
と源氏の君はお思いになる。
これは親心なのかしら、浮気心なのかしら。
源氏の君はご自分のお心に自信がない。
<姫宮を自分のものにしたいと思ってしまうかもしれないのだから、しばらく入内のことは誰にも言わないでおこう>
とお決めになって、御息所のご法要を盛大になさる。
姫宮の女房たちは、ありがたいことだと喜びあっていたわ。
月日が過ぎるにつれて、姫宮は寂しく心細くお思いになる。
お仕えしていた人たちのなかには、他のお屋敷に移っていく人もいた。
お屋敷のある六条というところは、にぎやかな場所ではないの。
山の方からお寺の鐘の音なんかが聞こえてくると、姫宮はつい涙をこぼされる。
母娘といってもいろいろな形があるわよね。
こちらの姫宮と母君は、一心同体でいらっしゃった。
伊勢神宮の斎宮に母君がついていくなんて、これまでなかったことを無理になさったほどだもの。
この世ではいつも一緒にお過ごしだったのに、あの世へは一緒にお行きになれない。
そうお気づきになって、姫宮はお目を泣きはらしていらっしゃる。
姫宮を妻にしたいとお思いの方はたくさんおられるの。
女房は手引きを頼まれることも多いのだけれど、源氏の君は厳しくお禁じになる。
「乳母であっても勝手なことをしてはいけない」
と、まるで父親のようにおっしゃる。
女房たちは源氏の君のご立派さに遠慮して、
「下手なことはできないわ」
と、手引きはもちろん、姫宮宛てのお手紙を預かることさえしない。
上皇様は、帝であられたころに姫宮にお会いになっていらっしゃる。
伊勢へ出発する儀式で、姫宮のお髪に櫛をお挿しになったのよ。
<恐ろしいほど美しい人だった>
と忘れられなくて、姫宮が伊勢から都に戻られた後、
「こちらでお世話いたしましょう。私の妹宮も、賀茂神社の斎院を交代して一緒に暮らしていますから、姫宮も同じように私のところでお暮らしなさい」
と御息所におっしゃった。
もちろん、「お妃としていらっしゃい」という意味よ。
でも御息所は、
<上皇様にはたくさんのお妃様がいらっしゃる。承香殿の女御様は東宮様の母君として別格のお立場でいらっしゃるし、尚侍は女官でありながら上皇様のご愛情を一身に集めていると聞く。そんなところへ、頼りになる父親も親戚もいない姫宮が入っていかれるのは無謀だろう。それに上皇様はご病気がちでいらっしゃる。万が一、姫宮とご結婚なさってすぐお亡くなりになってしまわれたら。姫宮はこの若さで未亡人になってしまう>
と気が引けてしまわれた。
ただ、そのときは、御息所さえその気になられれば、ご結婚のご用意は可能だった。
でも今は御息所がいらっしゃらない。
もうご用意を整えて姫宮のご結婚をお世話する方がいらっしゃらないのよ。
上皇様は、あいかわらずご結婚を望んでいらっしゃるのだけれど。



